声立つる者なくば、各商約束の馬をそのために笞うたれたインジアンに与う。さて彼ら創《きず》に脂塗り、襦袢《じゅばん》を着その馬を乗り廻してその勇に誇る。この行事中余りに劇しく笞うたれて辛抱ならず、用事に託《かこつ》け退き去るも構わねど、もし眼を※[#「目+旬」、第3水準1−88−80]《うご》かすなど些《すこし》でも痛みに堪え得ぬ徴《しるし》を見せると大いに嘲られ殊に婦女に卑しまると。『日本紀』七に、八坂入彦皇子《やさかのいりびこのみこ》の女《むすめ》弟媛《おとひめ》は無類飛び切りの佳人なり、その再従兄に当らせたもう景行帝その由|聞《きこ》し召して、遠くその家に幸《みゆき》せしに、恥じて竹林《やぶ》に隠れたので、帝|泳《くくり》の宮に居《いま》し鯉多く放ち遊びたもう。その鯉を見たさに媛密かに来たところを留め召したもう。しかるにこの媛常人と異なり、〈妾|性《ひととなり》交接の道を欲せず、今皇命の威に勝《た》えずして、暫く帷幕《おおとの》の中に納む、しかるに意に快からざるところ、云々〉と辞してその姉を薦《すす》め参らせた、それが成務帝の御母だとある。『夫木集抄』三十、読人《よみびと》知らず「
前へ
次へ
全212ページ中155ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング