五月十一日、飾磨《しかま》郡増位山随願寺の会式《えしき》で僧俗集まり宴|酣《たけなわ》なる時、薬師寺の児《ちご》小弁は手振《てぶり》に、桜木の小猿という児は詩歌で座興を助けるうち争論起り小猿打たる、平生この美童に愛着した寛憲という僧小猿を伴れて立ち退いたが、小猿ついに水死し、それより山の俗衆と薬師寺と闘争し、双方八十二人死す、英賀《えが》の城より和平を扱い武士を遣わす時持たせた武具の中に鎖鎌十本と載す。因っていよいよ分銅は、ボーラズと各別に出来たと知った。
なお馬が新世界に入ってより生じた異習を一つ挙げんに、オエンの『マスクワキー印甸人《インジアン》の民俗』に馬踊りてふ条あり、いわく商客馬多く牽き来ってインジアンどもそのうちに欲しくて堪《たま》らぬ良馬を見付ければ、各その所望の馬を指し讃えて何と踊ってくれぬかと尋ねる。商客|諾《うべな》えば彼ら大いに火を焚き袒《かたぬ》ぎて繞《めぐ》り坐り煙草を吸う。商客一同|鞭《むち》を執りてその周囲を踊り廻り、その肩と背を劇《はげ》しく笞《むち》うつも彼ら平気で何処《どこ》に風吹くかという体で喫烟し、時に徐《しず》かに談話す。十五分三十分打っても
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