南七十里にあり、俗に伝う宋の陽延昭、ここに屯爰《とんえん》す、馬※[#「足へん+鉋のつくり」、第3水準1−92−34]きて泉を得たり〉(『大清一統志』二二)。その他和漢馬が※[#「足へん+鉋のつくり」、第3水準1−92−34]《あが》き出した泉の話多し(同書同巻、一九〇〇年『随筆問答雑誌』九輯六巻に出た予の「神跡考」参照、柳田君の『山島民譚集』一)。『山海経《せんがいきょう》』に、〈天馬|状《かたち》白犬のごとくにして黒頭、肉翅能く飛ぶ〉とあり、堀田正俊の『※[#「風にょう+易」、第3水準1−94−7]言録《ようげんろく》』に、朝鮮の天馬形犬のごとく毳《にこげ》白兎のごとしといえるは、馬の属《たぐい》らしくないが翼生えた馬の古図も支那にある。『史記』などを見ると天馬は外国最駿馬の美称だ。仏教にも飛馬あれど、〈身能く飛行し、また能く隠形し、あるいは大にあるいは小にす〉と言うのみ翼ありと言わず(『増一阿含経《ぞういちあごんぎょう》』一四)。ラウズ英訳『仏本生譚《ジャータカ》』一九六に、仏前生飛馬たりし時鬼が島に苦しむ海商どもを救うた事を述べたるにも、その飛馬全身白く喙《くちばし》烏に似、毛
前へ 次へ
全212ページ中145ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング