《ひど》く駱駝を怖れる故専ら夜旅させ、昼間これを駱駝のみの宿に舎《やど》す(ヘッドレイ『暗黒蒙古行記《トランプス・イン・ダーク・モンゴリヤ》』五四頁参照)。『淵鑑類函』に、『馬経』を引いて馬特に新しい灰を畏る、駒がこれに遇わば死す、『夏小正』に仲夏の月灰を焼くを禁じたはこの月馬駒を生むからだと見ゆ。ベーカーの『ゼ・ナイル・トリビュタリース・オヴ・アビシニア』に、氏が獅子を銃する時落ち着いて六ヤードの近きに進み、獅子と睨み合いて却《しりぞ》かなんだ勇馬を記す。して見ると禀賦と訓練で他の怖ろしがる物を怖れぬ馬もあるのだ。『虎※[#「金+今」、第3水準1−93−5]経《こけんけい》』巻十に、猴《さる》を馬坊内に養えば患を辟《さ》け疥《かい》を去るとありて、和漢インド皆厩に猴を置く。『菩提場経』に馬頭尊の鼻を猿猴のごとく作る。猴が躁《さわ》ぐと馬用心して気が張る故健やかだと聞いたが、馬の毛中の寄生虫を捫《ひね》る等の益もあらんか。また上述乾闥婆部の賤民など馬と猴に芸をさせた都合上この二獣を一所に置いた遺風でもあろう。一八二一年シャムに往った英国使節クローフォードは、シャム王の白象|厩《べや》に
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