世々その制を沿襲した。けだしその推察通り宦者が婦女を弄ぶ例は尠なからぬ(タヴェルニエー『土耳古帝宮中新話《ヌーヴェル・リラチヨン・ド・ランテリユール・ジュ・セラユ》』一六七五年版二八頁、アンシロン『宦者攻撃論《ユーナキズム・ジスプレイド》』一七一八年版二〇六頁、『人性』八巻四号、緒方正清博士「支那および韓国の去勢について」)。さて緊那羅も本《もと》馬芸や歌舞を業とした部民で、その女が自分らより優等な乾闥婆部に娶《めと》らるるを、あたかも乾闥婆部の妻女が貴人に召さるるを名誉と心得て同然に怡《よろこ》んだので、本邦に例の多かった大工の棟梁の娘が大名の御部屋《おへや》となり、魚売りの娘がその棟梁の囲《かこ》い者《もの》となりていずれも出世と心得たに異ならぬ。
プリニウスは馬が血縁を記憶して忘れぬとて、妹馬が自分より一年早く生まれた姉馬を敬する事母に優る、また眼覆《めかくし》して母と遊牝せしめられた牡馬が眼覆しを脱れて子細を知り、大いに瞋《いか》りて厩人を咬み裂いたのと崖から堕《お》ちて自滅したのとあるといった(『博物志《ヒストリア・ナチュラリス》』八巻六四章)。アンリ・エチエンの『アポロジ
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