を放ちて随い行きついに道を得たという(『韓非』説林上)。エッジウッドがダーウィンに与えた書簡にその小馬《ポニー》を伴れてロンドンに住む事八年の後地方の旧宅へ帰るに、小馬その道を忘れず直ちに本《もと》住んだ厩に到ったと見ゆ。小馬は馬の矮小なもので三十二インチより五十六インチ高きもので自ずから種別多し。紀州などでは見た事なきも土佐駒、琉球駒、薩州種子島の手馬など日本産の小馬だ。支那にも果下馬双脊馬など立ちて高さ三尺を踰《こ》えぬものありその駿者《よきもの》に両脊骨ありという。『大清一統志』一八一に甘粛《かんしゅく》の馬踪嶺は峻《けわ》しくて道通ぜなんだが、馬をこの山に失い蹟《あと》を追うてたちまち※[#「鶩」の「鳥」に代えて「女」、第4水準2−5−63]州《むしゅう》に達してより道が開けたと出《い》づ。『元亨釈書《げんこうしゃくしょ》』に藤原|伊勢人《いせひと》勝地を得て観音を安置せんと、貴船神《きぶねじん》の夢告により白馬に鞍置き童を乗せ馬の行くに任すと山中|茅草《ちがや》の上に駐《とま》る、その地へ寺を立てたのが鞍馬寺だとある。
馬に憎悪《ぞうお》の念強き事、バートンの『メジナおよび
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