われたと判るが学問上の一徳じゃ。末広一雄君の『人生百不思議』に日本人は西洋人と変り神を濫造し黜陟《ちゅっちょく》変更するといった。現に芸者や娘に私生児を生ませ母子ともピンピン跳ねているに父は神と祠《まつ》られいるなど欧米人は桜よりも都踊りよりも奇観とするところだ。それに森林を伐り尽くし名嶽を丸禿《まるはげ》にして積立また贈遣する金額を標準として神社を昇格させたり、生前さしたる偉勲も著われざりし人がなった新米の神を別格に上げたりするは、自分の嗜好《しこう》を満足せんため国法を破って外人に地図や禁制品を贈った者に贈位を請うのと似たり張ったりの弊事だが、いかに金銭本位の世とはいえ神までも金次第で出世するとは取りも直さず神なき世となったのだ。ジョン・ダンロプ中世末のイタリアの稗官《はいかん》どもが争うて残酷極まる殺人を描くに力《つと》め、姦夫の男根を姦婦の頸に繋いだとか、羮《しる》にして飲ませたとか書き立てたるを評して残酷も極まり過ぎるとかえって可笑《おか》しくなるといった。予もまたかかる畸形の岩を万一いわゆる基本財産次第で大社と斎《いつ》く事もあらば尊崇の精神を失い神霊を侮辱する訳になると惟
前へ 次へ
全212ページ中113ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング