あるを読んだが書名も委細も記憶せぬ。古今東西人|毎《つね》にかかる癖ありや否やを知らねど、牛が道中で他の牛の小便に逢わば必ず嗅いで後鼻息吹き、猫犬が自分の糞尿を尋ねて垂れ加え、また諺に紀州人の伴《つれ》小便などもいわば天禀《てんぴん》人にも獣畜類似の癖あるのが本当か。就《つ》いて想い出すはベロアル・ド・ヴェルヴィルの『上達方《ル・モヤン・ド・パーヴニル》』三十九章にアルサスのある地の婦女威儀を重んずる余り七日に一度しか小便せず、火曜日の朝ごとに各の身分に応じ隊伍を編み泉水に赴《おもむ》き各その定めの場について夥しく快げにかつ徐《しず》かにその膀胱《ぼうこう》を空《あ》くる。その尿|聚《あつま》って末ついに川をなし流れ絶えず、英独フランドル諸国人その水を汲み去り最優等の麦酒《ビール》を作るを、妻どもこれは小便を飲む理屈だとて嫌うとある。随分思い切った法螺《ほら》話のようだが、わが邦でも昔摂津で美酒出来る処の川上に賤民牛馬皮を剥《は》ぎ曝《さら》すを忌んで停止せしむると翌年より酒が悪くなったといい、紀州有田川の源流へ高野《こうや》の坊主輩が便利する、由ってこの川の年魚《あゆ》が特に肥え美味
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