ある》く馬があったとは眉唾物《まゆつばもの》だろう。しかし教えさえすればさように歩かしむるを得。シリア人は、ラファン体に歩く馬を賞美し、右の前足と右の後足と、而《しか》して左の前足と左の後足を相《あい》繋《つな》いで、稽古せしむ。もっともその技に長ぜる馬は、いかほど姿醜く素情悪くともすこぶる高値に売れる。人を騎せてこの風の足蹈みで疾走するに、その手に持てる盃中の水こぼれず。ダマスクスを出でて八、九時間でベイルートに著《つ》く。この距離七十二マイル、その間数千フィートの峻坂を二度上下せにゃならぬとは、驚き入るのほかなし。
『甲陽軍鑑』一六に、馬に薬を与うるに、上戸《じょうご》の馬には酒、下戸《げこ》の馬には水で飼うべし、馬の上戸は旋毛《つむじ》下り、下戸は旋毛上るとあり。馬すら酒好きながある。人を以てこれに如《し》かざるべけんやだ。プリニウスいわく、騾が人を※[#「足へん+易」、第4水準2−89−38]《け》るを止めんとならばしばしば酒を飲ませよと。誠に妙法で、騾よりも吾輩《われら》にもっともよく利く。かつてアイルランド人に聞いたは、かの国で最も強く臭う烟草《タバコ》の烟《けむり》を、驢
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