Xトリー》があった証拠は、近松門左の『嫗山姥《こもちやまうば》』二に荻野屋の八重桐一つ廓の紵巻《おだまき》太夫と情夫を争う叙事に「大事の此方《こなた》の太夫様に負を付けては叶うまい加勢に遣れと言うほどに……彼処では叩き合い此処では打ち合い踊り合い……打ちめぐ打ち破る踏み砕く、めりめりひやりと鳴る音にそりゃ地震よ雷よ、世直し桑原桑原と、我先にと逃げ様に水桶盥僵掛《みずおけたらいこけかか》り、座敷も庭も水だらけになるほどに、南無三《なむさん》津浪が打って来るは、のう悲しやと喚くやら秘蔵の子猫を馬ほどに鼠が咥《くわ》えて駈け出すやら屋根では鼬《いたち》が躍るやら神武以来の悋気《りんき》争い」とある、これはその頃行われた逓累譚《キユミユラチブ・ストリー》に意外の事どもを聯《つら》ねつづけた姿に擬したのだろ、かつて予が『太陽』に載せた猫一疋より大富となった次第また『宇治拾遺』の藁一筋|虻《あぶ》一疋から大家の主人に出世した物語なども逓累譚を基として組み上げた物だ。
 (大正三年五月、『太陽』二〇ノ五)

    (六) 虎に関する信念

 『大英類典《エンサイクロペジア・ブリタニカ》』十一版イン
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