ウ猛生きいる内は王死なず、汝王たるを望まば所用ありとて竜猛にその頭を求めよ慈悲深厚な菩薩故決して辞まぬだろと勧めた、穉子寺に詣り母の教えのごとく如来の前生身を授けて獣に飼い肌を割《さ》いて鴿《はと》を救うた事など例多く引いて、我求むるところありて人頭を用いたいが他人を殺すと罪重ければ死を何とも思わぬ菩薩の頭をくれぬかと要せられ、さすがの一切智人も婦女の黠計《かっけい》に先を制せられて遁《のが》れ得ず、いたずらに我が身終らば汝の父もまた喪わん事こそ気懸りなれといって、手許に兵刃がないからあり合せの乾いた茅葉で自ら頸を刎《は》ねると利剣で断《き》り割くごとく身首処を異にし、王聞きて哀感しまた死んだと出づ。いわゆる茅《かや》の葉は多分梵名|矩奢《クシャ》、支那で上茅と訳する草の葉だろう。本邦で茅を「ち」と訓じ「ち」の花の義で茅花を「つばな」と訓《よ》む、「ち」とは血の意で昔誰かが茅針《つばなのめ》で足を傷め血がその葉を染めて赤くしたと幼時和歌山で俚伝を聞いたが確《しか》と記《おぼ》えぬ。また『西域記』十二に古《いにし》え瞿薩旦那《くさたな》国王数十万衆を整えて東国の師百万を拒《ふせ》ぎ敗軍し
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