地に拠って一度吼ゆれば山石震い裂け馬辟易し弓矢皆|墜《お》ち、逃げ帰ってまた虎を射なんだとある。字書に彪は小虎といえり、虎の躯が小さい一変種であろう。『類函』に虎能く人気を識る、いまだ百歩に至らざるに伏して※[#「※」は「くち+皐(底本では上が「白」ではなく「自」)」、33−12]《ほ》ゆれば声山谷に震う、須臾《しばらく》して奮い躍りて人を搏《う》つ、人勇ある者動かざれば虎止って坐り逡巡《ためらい》耳を弭《た》れて去ると。猛獣に遇った時地に坐れば撃たれぬとは欧人も説くところだ。勇士に限らず至極の腰抜けでも出来る芸当だ。本邦にはあいにく虎がないから外国に渡った勇士でなければ虎で腕試しした者がない。膳臣巴提便《かしわでのおみはすひ》(『日本紀』)、壱岐守宗于《いきのかみむねゆき》が郎等(『宇治拾遺』)、加藤清正(『常山紀談』)、そのほか捜さばまだ多少あるべし。『常山紀談』に黒田長政の厩に虎入り恐れて出合う者なかりしに菅政利と後藤基次これを斬り殺す、長政汝ら先陣の士大将して下知する身が獣と勇を争うは大人気《おとなげ》なしと言った。その時政利が用いた刀に羅山銘を作りて南山と名づく、周処が白額虎
前へ 次へ
全132ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング