る時は人児は無益に殺されず、その間牝狼の乳を吸いそのまま狼の一族と認められたのだろう、また一層もっともらしき解説は狼その子を失い乳房|腫《は》れ脹《ふく》るるより人児を窃《ぬす》み来って吸わせ自然にこれを愛育したのだろう、また奇態な事は従来男児に限って狼に養われたらしいと。
勇士が虎に勝った史話は多く『淵鑑類函』や『佩文韻府』に列《なら》べある。例せば『列士伝』に秦王|朱亥《しゅがい》を虎|圏《おり》の中に著《お》いた時亥目を瞋《いか》らし虎を視るに眥《まなじり》裂け血出|濺《そそ》ぐ、虎ついにあえて動かず。『周書』に楊忠周太祖竜門の狩に随うた時独り一虎に当り、左にその腰を挟み右にその舌を抜く、小説には『水滸伝』の武松《ぶしょう》李逵《りき》など単身虎を殺した者が少なからぬ、ただし上の(三)にも述べた通り虎の内にも自ずから強弱種々だから、弱い虎に邂逅《めぐりあわ》せた人は迎えざるに勇士の名を得たのもあろう、『五雑俎』巻九に虎地に拠りて一たび吼ゆれば屋瓦皆震う、予黄山の雪峰にあって常に虎を聞く、黄山やや近し、時に坐客数人まさに満を引く、※然[#「※」は「九+虎」、32−6]《こうぜん》
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