海外留学中に双親《ふたおや》とも冥途に往かれたから今さら何ともならぬ。

    (四) 史 話

 史書や伝記に載った虎に関する話はすこぶる夥しいから今ただ手当り次第に略述する事とせり。まず虎が恩を人に報じた例[#「例」は底本では「礼」]を挙げると、晋の干宝の『捜神記』に廬陵の婦人蘇易なる者善く産を看る、夜たちまち虎に取られ、行く事六、七里、大壙《おおあな》に至り地に置き蹲《うずくま》りて守る、そこに牝虎あり難産中で易を仰ぎ視《み》る、因って助けて三子を産ましめると虎がまた易を負うて宅へ還し、返礼に獣肉を易の門内に再三送ったと見ゆ。天主教僧ニコラス・デル・テコの『南米諸州誌』に、一五三五年、メンドツァ今日アルゼンチナ国の首都ブエノサイレスの地に初めて殖民地を建て、程無く土蕃と難を構え大敗し、次いで糧食乏しくなりて人|相食《あいは》むに※[#「※」は「しんにょう+台」、24−10]《およ》んだ、その時一婦人坐して餓死するよりはいっそインディアンか野獣に殺さるるが優《まし》と決心して、広野に彷徨《さまよ》う中ある窟に亜米利加獅《ピューマ》の牝が子を産むに苦しむを見、大胆にも進んで産婆の役
前へ 次へ
全132ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング