かり悦《よろこ》びながら「父様見やんせ、余りに衣類が弊《やぶ》れているので、とてもこんな結構な品を戴かれません」、王「吾子よ最もな事を吐《ぬか》す、さらばこの衣類を遣わすからそこで着よ」、豹殺し「父様有難くて冥加《みょうが》に余って誠にどうもどうも、しかしこんな尤物《べっぴん》に木を斫《き》ってやる人がござらぬ」、王「委細は先刻から承知の介だ、この少童を伴れ去って木を斫らすがよい、またこの人を遣《や》るから鉄砲を持たせ」、豹殺し「父よ今こそ掌を掌《う》って御礼を白《もう》します」、そこで王この盛事のために大饗宴を張る」とある。小説ながら『水滸伝』の武行者や黒旋風が虎を殺して村民に大持てなところは宋元時代の風俗を実写したに相違ない。
 盗人にも三分の理ありとか、虎はかく人畜を残害するもののそれは「柿食いに来るは烏の道理|哉《かな》」で、食肉獣の悲しさ他の動物を生食せずば自分の命が立ち往かぬからやむを得ぬ事だ、既に故ハクスレーも人が獣を何の必要なしに残殺するは不道徳を免れぬが虎や熊が牛馬を害したって不道徳でなくて無道徳だと言われたと憶《おぼ》える。閑話休題《それはさておき》、虎はまず猛獣中
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