アの口から見ると、トンネルの入り口の赤い灯のそばに立って、今お目にかけたように手を振っている者がある。その声は叫ぶような唸《うな》るような声で〈見ろ、見ろ〉という。つづいてまた〈おぅい、下にいる人! 見ろ、見ろ〉という。わたしは自分のランプを赤に直して、その者の呼ぶ方角へ駈けて行って〈どうかしましたか、何か出来《しゅったい》しましたか。いったいどこです〉とたずねると、その者はトンネルの暗やみのすぐ前に立っているのです。私はさらに近寄ってみると、不思議なことには、その者は袖を自分の眼の前にあてている。私はまっすぐに進んで行って、その袖を引きのけてやろうと手をのばすと、もうその形は見えなくなってしまったのです」
「トンネルの中へでもはいったかな」と、わたしは言った。
「そうではありません。私はトンネルの中へ五百ヤードも駈け込んで、わたしの頭の上にランプをさしあげると、前に見えたその者の影がまた同じ距離に見えるのです。そうして、トンネルの壁をぬらしている雫《しずく》が上からぽたぽたと落ちています。わたしは職務という観念があるので、初めよりも更に迅《はや》い速度でそこを駈け出して、自分の赤ラン
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