く來てくれましたね。」
「おばあさん大丈夫ですか。」
「ええ、ええ。何處といつてどうもないんですよ。自分でも不思議なくらゐ。」
「御本家では何と仰しやつて?」
「私が行くと云ふものを、何が云へるものですか。二三日温泉に入つてくると云つたら、あわててね、せつかくいらつしやるのだつたらゆつくりなすつた方がと云ふんですよ。」
「それはさうですよ。二三日ぢや疲れに行くやうなものぢやありませんか。」
「さうですかね。向うぢやとてもよろこんでるんですよ。目の上の瘤がなくなると思つてね。」
 おばあさんは九十三になつてもまだ口の毒を失つてゐない。私は包を引寄せて、
「これはあしたの朝あがるお魚、これはお辨當の甘いパン、これは疲れた時に召し上る葡萄糖、これは熱いお茶を入れて行く魔法壜、それからこれは、おさつ――」
「オヤオヤもうおさつが出ましたか。まあまあ、これだけ揃へるのは大變だつたでせうね。」
 おばあさんは冴えざえとした目にもう一度輝きを加へ、明日の遠足で心もそぞろの如くだつた。
「いつもはもうお休みの頃ぢやないの?」
「ええ、でも、――」
「今夜はいつもよりよけい休んどいていただかないと、――
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