の母堂が、たしかおばあさんと同年で、飛行機でワシントン入りをしたといふ記事を思ひ起した。ことによるとおばあさんも案外平氣で、おばあさんにとつては長途の旅を乘り切ることが出來るかも知れない。
 目の前の扉が開いたので私は稍浩然と、振り向きもせず歩廊に降り立ち、そのまますたすたと階段の方へ歩いて行つた。

       三

 うつむいて又想ひに陷ちながら日暮の並木路に出ると、
「奧樣奧樣」とがさつな女中の聲がして、意外な近さににこにこ顏が現はれた。「御隱居樣はさつきからお待ちかねでございますよ。わたくしちよつと登録にまゐつてまゐりますから、――すぐ戻ります。」
 私は前日おばあさんから屆けて寄こした手紙に、女中と行くから迎へに來るには及ばないとあつたのを思ひ起し、さう書きながら待ちかねてゐるところはやつぱりおばあさんだなと思つた。
 玄關を開けて、
「お待遠さま。」と快活な聲を送ると、坐つたままのやうな姿勢でよちよちと現はれたおばあさんは、――何といふ目の輝きだ。私は胸を打たれる氣がした。おばあさんはそれほどまで此日を待つてゐたのだ。それほどまでおばあさんは侘しかつたのだ。
「まあまあよ
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