くれる頃だといふことにしてしまふ。それから、明日は來る筈だといふことに一人できめてしまふ。一日待ち、二日待ち呆けるうちだんだん氣力が衰へてくる。夏の初めにはそんなことからたうとう病氣になつてしまつた。早く癒つて伊東へ行きませうねと私はおばあさんを慰めた。が病後のおばあさんに三時間餘の汽車旅行が出來やうとは思へなかつた。ところが九十三歳のねばりは案外強い。おばあさんは不思議と早く癒つて、もう足ならしの散歩を始めたと報告してきた。それから間もなく、殘暑もだいぶしのぎよくなつたから、かねての望み通り伊東へ伺ひたいが、御都合はいつがいいかと切り込んできたのである。――
「來るのなら天氣の崩れないうちの方がいいな。」
 彼はちよつと硝子戸の日ざしに目をやり、それからごちやごちや物の置いてある二間《ふたま》續きを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]して、
「おばあさんはきつと、オヤオヤ大變なお道具ですねつて云ふよ。」とおばあさんの聲色になつて笑つた。笑ひながら立つてトントン二階へ上つて行つた。さつきから硝子戸と反對の北側では、ワアワア、ホームホームと昂奮した喚きが斷續してゐる。二階の窓から
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