た。すると自分が動けば良郎は住ふところを失ふわけになる。そんな想ひの果だらう、おばあさんは、やはり此處にゐるといふ返事を寄こした。
 だがその良郎は空襲の怖れもなくなつた年の暮、不意に死んでしまつた。縁先の菠薐草は雪の中でも不思議なほど青あをと旺んだつたが、たうとうそれもおしまひになる頃には圓の切りかへといふことが來た。慣れた女中がついてゐるとはいへ、九十三歳の頭で此難局に處して行くことは不可能といつてよかつた。といつておばあさんは長年のしきたりで、つい目の先にゐる長男夫妻には一切ものを頼まない。頼まない限り夫妻の方も知らぬ顏で押し通す。そのうち慣れた女中にぼつぼつ縁談がかかつてきた。それでも本家の世話になるのはいやなのださうだつた。
 ――私もこれからは三度に一度はパンを食べます。だんだんパンを二度にします。そのうちには三度共パンにしてもいい覺悟で居ります。おすがり申すのは天にも地にもお前樣よりほかないのですから、どうぞお見棄て下さいますな。
 古風ながら九十三歳にしてはしつかりし過ぎたペン書きで、おばあさんはそんな手紙を寄こすやうになつた。侘しくなるとおばあさんは、もう伊東から來て
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