あさんには良郎といふものがあつた。風來坊の此次男はお酒と、それから四十過ぎて貰つてぢき別れた細君のことで、おばあさんにずゐぶん苦勞をかけたものだつた。がお酒のどうにもならなくなつてからは、俄然孝養到らざるなしになつてしまつた。おそらくひとり身の彼にとつては古陶のやうなおばあさんが凡ての寄りどころとなつたのであらう。茉莉花や菊をつくるのの巧かつた彼は、食糧事情が窮迫して來るにつれ、そら豆とか莢豌豆とか菠薐草とか、さういつたおばあさんの口に合ふものの方へ轉向して行つた。本業はロシア語で、アルツィバーシェフやゴリキーの飜譯もあるのだが、書架にはだんだんバーバンクとかミチューリンとかがのさばり出した。おばあさんの隱居所は長男の邸内の片隅に在るのだが、本家で百姓につくらす野菜は枯れがれなのに、隱居所の縁先はいつも青あをと、心丈夫な眺めだつた。おばあさんはかう考へたのに違ひない。良郎は自分の爲にあれほど氣を入れて畑をつくつてゐる。それを見棄てて伊東へ行くのは可哀想だ。のみならず本家の嫁は伊東から招きがあつたと洩らした時、ああ行らつしやいまし、あとは貸して、おばあさまにお小遣を送つて差上げますと云つ
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