のでもなささうだつた。
 一月の間に女中はおばあさんの身の※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りの物を運び終ると、いよいよの縁談で暇をとつて行つた。おばあさんの留守宅には本家の長男夫婦が安心してもう住みついてゐるらしい。私自身もおばあさんとの日常に慣れて、着るもののことになど氣を配り出した。おばあさんは死んだ兄の唐棧の半纏を袷に直して、ぼろだからと前掛をかけてゐる。
「だんだんお寒くなるけど、此次には何をお召しになるの?」
「なにといつて、これのほかには、よそいきが一枚あるだけなのですよ。」
「でもこれは良ちやんが死んでから出來たお召物でせう。その前には何を召してらしつたの?」
「それが、――なにか着てゐたのには違ひないんでせうけど、何を着てゐたのかさつぱり憶えちやゐないんですよ。」
「たしか八丈を召してらしつたのを見たことがあると思ふんですが。」
「さうですかしら。でもそんなもの、影も形もありやしません。」
 私は急に暗然としてきた心中を隱しきれない氣がした。その時どきの應酬はどうかすると吃驚させられるほどテキパキしてゐるのだが、どうかすると又、あれと云ひたくなるほどよ
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