嬉々と温泉にひたつて、明るいうちに眠つてしまふ。
「かう、かうして頬ぺたを撫でてみると、皺が觸らなくなりましたよ。ちよつとの間に肥つたんですね。」
おばあさんはつるつるした象牙色の頬を何遍も撫で※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]してみる。
「さう仰しやられればお顏つきも隱居所にいらしつた時より生きいきしてきたやうですよ。」
「さうでせう。ほんたうにいい氣になつて。」
「結構ぢやありませんか。伊東にいらしつてお痩せになつたんぢや、私としても御本家に合せる顏がありませんわ。さうしてお元氣にしてゐて下さるのが子孝行といふものですよ。」
「何とお禮を申しあげていいのか、ほんたうに私は幸せものだと思ひますよ。ちひさい時に、此子はいい耳をしてゐるからきつと幸せになるとよく云はれたものでしたが。」
「さういふお氣の持ちやうがお幸せといへばいへるのでせうね。上には上で、人間の慾にはきりのないものですから。」
「だつて此上のことはないでせう。かうして朝晩好きな温泉に入つて、おいしいものばかりいただいて。もういつ目を眠つても思ひ殘すことはありません。」
おばあさんは外交辭令を竝べてゐる
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