探しものをしたり、一坪弱位のところで行儀よく生活してゐる。私は經机のあつた窓際に箪笥を半分だけおばあさん用として出し、その上に亡兄の寫眞を飾つた。すると彼は木肌が白じろしてゐると云つて、スマトラの布をかけてくれた。彼とおばあさんとは不思議にうまが合ふらしい。老年の域に入りかけてゐる彼は、九十三歳といふものに一つの興味を感じてゐるのも事實だ。
「まだまる四十年も生きなくちやならないんだよ、君。」と彼は訪ねてきた社の人に云つた。「君はあと五十年か、ハハ。それも大人になつてからの五十年だぜ。」
客は困つたといふやうな表情になつて、
「お耳も遠くないやうですね。」
「ええ。目も針の針孔《めど》が通らないくらゐのことで、新聞ぐらゐは讀めるんですよ。」
朝はよく彼が自分で珈琲を淹れる。その都度おばあさんの分と稱して小型の茶碗も用意する。或朝珈琲を飮み終つた私が、
「そろそろおばあさんのお粥をかけてこなくちや。」と臺所に立つと、彼はぢき追ひかけてきて、
「なんぼなんでも早すぎやしないかい?」とおばあさんのうれしい時の目の染《うつ》つたやうな表情で云つた。「時計を見違へたんぢやないのか?」
「九時
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