にしみじみと見て、犬としたらクロはおばあさんより上かな下かなと訝つた。若い間は芝犬の標準に近い形の、喧嘩にひどく強い犬で、そればかりでなく鷄を殺したとか、兎の檻を壞して盜み出したとか、武勇傳も決して少くない方だつたのだが、今は耳も折れ、尻尾も垂らしがちで、やつと歩く子供達にまで無害な生物と信じ込まれてゐる。頭にはだいぶ白いものが混つてきたし、昔はピンとしてゐた脊骨も今はおばあさんのとは反對に、土の方向へ反《そ》つてきた。人間の背中の曲るのは頭骸の重量に堪へなくなる爲だと聞いたことがあつたが、クロの脊骨は内臟の重みを支へきれなくなつてきたのかも知れない。私は子のない代りに老犬と老女の面倒も見ようといふ自分自身に苦笑せざるを得なかつた。
 歸途は學校の運動場を拔けて、そこから二階の彼に何か合圖をしてみるつもりだつた。が、ちやうど自家の二階と向き合つてゐる横門の間に立つと、遙かな窓に低く現はれてゐるのは、彼ではなく、おばあさんの白い頭だつた。

       六

 一月經つた。おばあさんは彼のつくつてくれた一隅にすつかり腰を落ちつけ、紙を揉んだり、絲を捲いたり、今しまつたものの在所を忘れて
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