※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]した。石段の下に寢そべつてゐたクロは氣配に勘付くと、むくむくした胴體を破れた毬のやうに彈ませ、とたんにゲーゲーといつもの咳になつてしまつた。もう十四年も私達と生活を共にしてゐる彼は、そのうちの十年間胸にフィラリアを飼つてゐるわけなのである。目が醒めればゲーゲー云ふ。うれしいことがあつてもゲーゲーが始まる。何か食べたいとか、玄關に入れてくれとか、夜中に用を足しに出たいとか、さういつた要求の表現もゲーゲーなのである。ごく稀にワンと聞えると、
 ――あら、クロがワンて云つてるわ。
 ――なまいきに。
 私達は目を見張つて、そして笑ひ出すのである。前日からの何かを賭してゐるやうな心勞で私は相當まゐつてゐたが、クロと歩くことで、――一晩寂しい思ひをさせたあと一緒に歩いてやることで、私はいくらか立ち直るのを覺えた。行人はゲーゲーに吃驚して振り返る。ゲーゲー犬が聾なのを知つてゐる惡童は不意に横から石を投げつけたりする。これはおばあさんと同樣守つて行かなければならない存在なのである。
 ゲーゲー云ひながら、そのわりには元氣よく先行するクロを私は久しぶり
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