充ちた聲を放つと、顏から先に彼は唐紙の蔭から現れた。
「やあよくいらつしやいました。豫定通りにいつたわけだね。さあ早くお上んなさい。」
 彼は今朝までの間《あひだ》に二間續きの模樣を變へ、次の間の窓際に經机を置いて、おばあさんの席をつくつておいてくれたのだ。おばあさんは初めて通る家の樣《さま》に、ちよつとの間きよとんとしてゐたが、席に坐ると稍自分を取り戻したらしく、
「とんだ御厄介ものが上りまして。」と丁寧に白い頭を下げた。
「やあ、御覽の通りの侘住居でどうも。」
「どう致しまして、大變お立派な。まあまあ大變なお道具でございますね。」
 私達は顏を見合せて笑つた。
「どうぞおくつろぎなすつて。」
「一週間ばかり温泉に入れていただきます。」
「さう仰しやらないで、御ゆつくりなすつたらいいでせう。少くとも寒い間は。」
 おばあさんは彼の打診を終つてほつとしたらしかつた。
 女中がしこたまつくつてきたお握りを皆で食べ終ると、私はおばあさんを無理に寢かしつけ、寢不足の女中も女中部屋で休ませた。彼は又二階へ野球を見に行くといふ。では表を締めて出るからと、私は本家へ安着のウナを打つべく臺所口に靴を
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