。」
「九十三なのですよ。」
「九十三? そいつあ國寶ものだ。へえ、九十三! 人間はうまいものを食つて長生するに限る。」
「とんだ食ひつぶしもので。」
おばあさんは横からひよいと口を出した。
「そんなこたねえ。しかしおばあさんはうまいものを食つてるね。あつしや食物商賣だから、入つてくる人の顏を見りや、およそどんなものを食つてるか、ちやあんと判る。こいつを一つ食べて下せえ。砂糖入りの乾パンだ。」
堅さうだつたが受取つて渡すと、おばあさんは端の方をちよつぴり折つて早速口に入れた。それをふくんでおばあさんはおちよぼ口を目立たぬほどに動かしてゐる。海から來る光線を受けてその唇は赤兒のそれのやうに美しかつた。かうまで年をとると食物も幼兒のと似たものになるから、肉體の組織も赤兒に還つて行くのかも知れない。さういへば私は、母といふよりは子を伴れて汽車に乘つてゐるやうな氣持でもある。おばあさんは幼兒の如く無心にそして安全に、隧道一つ越せば二驛めがたうとうもう伊東なのである。私は數日來の肩の凝りが少しづつ解けて行くのを意識した。
五
扉を引きながら
「ただいま。」と我ながら歡喜に
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