る。おばあさんの頭の中は日日の營みの爲一時として安らかではなかつたのに違ひない。その疲れとこの行き詰りとが伊東行の望みに拍車をかけることになつたのであらう。
小田原と熱海の乘換では、女中がおんぶする豫定で、その爲何一つ持たせず出てきたのだつたが、おばあさんは終點に降り立つと、歩くと云つて杖を持つ手に震へるほどの力を入れた。登りの階段さへ殆んど一氣だつた。私は幾年もの間狹い隱居所の中をよちよちしてゐるおばあさんしか見たことがなかつたので、何處に祕めてゐたのか此異常なエネルギーには目を見張らざるを得なかつた。
休日の汽車は案じたほどにも混んでゐなかつた。熱海では待つてゐる目の前に貨車の廣い戸口が停つた。
「これに乘つちやひませう。此處に坐つて行つた方が却つて樂かも知れませんよ。」
私はさつさと先に上り、小脇の座蒲團を凸凹のない通路の中央に敷いた。
「さうとも。」
不意に背後で景氣のよい男の聲がした。
「此處に乘るのは利口者だよ。特別席なんだから。」
見ると赧ら顏が三人、各自に一升壜を立て鼎坐してゐるのだつた。
「おばあさんはいくつかね。」
「いくつに見えます?」
「八十、――さあ
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