やうどこれで、愉快です。」
私は愉快ですに思はず聲を立てて笑つた。絹のワンピースで私は稍汗ばんでゐるのに、おばあさんはセルに紋附の一重羽織で涼しい顏をしてゐる。
「窓の外は見ないやうにね。お目がくらくらするといけませんから。」
おばあさんはにこにこしたまま、素直に車内の乘客に目を向け變へた。だが、だいぶすいてきた車内の男女は、おばあさんに見られぬ前《さき》から、ともすると視線をおばあさんに集めがちだつた。九十三とは知るまいが、ともかく大變な高齡者が小綺麗に、きちんとかけて、うれしさうな顏をしてゐるからであらう。
「今日はおばあさんも御滿足でせう、あんなにしてお二人に見送られて。」
「いくらか氣が咎めてるんですよ。昨日は珍しく、お小遣はあるのかと訊きました。」
「で、なんて仰しやつたの?」
「まだ間に合ふからいいと云つてやりました。」
おばあさんはそれで勝つたといふつもりらしかつた。私はちよつと苦《にが》い笑ひになつた。おばあさんの貯金帳には次兄の遺物《ゐぶつ》を賣り拂つたお金が、三百圓そこそこしか殘つてゐない筈だつた。思へば彼の急死以來よくも今日まで女中を使つて暮してきたものであ
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