日ならいつでも、――おい、幸夫、幸夫。」
本家は幾分何かを發散するやうに大きな聲を立てて、復員して以來妻子と二階住居をしてゐる長男を呼び下した。そして今までの話を丁寧に繰り返し、いつでもおばあさまのお迎へに行くことを約束させた。私は本家があまり素直で、弱氣で、我慢強いのを頼りないなと思つた。で出來るだけのことはするつもりだが、不屆のあつた場合の詫は先に申し上げておくと繰り返し云つた。
「しかしあんたも大變でせう。おばあさんは米しか食はんのだから。」
伊東から運ぶのよりは樂だと出かかるのを私は危ふく押へた。そして毒の出ぬうちにといとまを告げた。
おばあさんは床の中で私の歸りを待つてゐた。が、ざつと浴びて出てきた時にはかすかな鼾を立ててゐた。私は女中と小聲で明日の打合せをすませ、早くしまつて寢るやうに云ふと、座敷に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて、次兄の書架の前に佇んだ。おばあさんはおそらく伊東に落着くことになるだらう。おばあさんがゐないとなれば、此家に再び來ることはないだらう。すると私には、おばあさんをあんなにも大事にし、死水まで取つてもらつた次兄の遺物を此家に置き殘
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