ほざ》けたりしなり。故は、彼こそ父が不善の助手なれと、始より畜生視して、得べくば撲《う》つて殺さんとも念ずるなりければ、今彼が言《ことば》の端々《はしはし》に人がましき響あるを聞きて、いと異《あや》しと思へり。
「それでは、貴方真人間に成損《なりそこな》つたとお言ひのですな」
「さうでございます」
「さうすると、今は真人間ではないと謂ふ訳ですか」
「勿論《もちろん》でございます」
直道は俯《うつむ》きて言はざりき。
「いや貴方のやうな方に向つてこんな太腐《ふてくさ》れた事を申しては済みません。さあ、参りませうか」
彼はなほ俯《うつむ》き、なほ言はずして、頷《うなづ》くのみ。
夜は太《いた》く更《ふ》けにければ、さらでだに音を絶《た》てる寂静《しづかさ》はここに澄徹《すみわた》りて、深くも物を思入る苦しさに直道が蹂躙《ふみにじ》る靴の下に、瓦の脆《もろ》く割《わ》るるが鋭く響きぬ。地は荒れ、物は毀《こぼた》れたる中に一箇《ひとり》は立ち、一箇《ひとり》は偃《いこ》ひて、言《ことば》あらぬ姿の佗《わび》しげなるに照すとも無き月影の隠々と映添《さしそ》ひたる、既に彷彿《ほうふつ》として悲《かなしみ》の図を描成《ゑがきな》せり。
かくて暫《しばら》く有りし後、直道は卒然|言《ことば》を出《いだ》せり。
「貴方、真人間に成つてくれませんか」
その声音《こわね》の可愁《うれはし》き底には情《なさけ》も籠《こも》れりと聞えぬ。貫一は粗《ほぼ》彼の意を暁《さと》れり。
「はい、難有《ありがた》うございます」
「どうですか」
「折角のお言《ことば》ではございますが、私《わたくし》はどうぞこのままにお措《お》き下さいまし」
「それは何為《なぜ》ですか」
「今更真人間に復《かへ》る必要も無いのです」
「さあ、必要は有りますまい。私も必要から貴方にお勧めするのではない。もう一度考へてから挨拶《あいさつ》をして下さいな」
「いや、お気に障《さは》りましたらお赦《ゆる》し下さいまし。貴方とは従来《これまで》浸々《しみじみ》お話を致した事もございませんで私といふ者はどんな人物であるか、御承知はございますまい。私の方では毎々お噂《うはさ》を伺つて、能《よ》く貴方を存じてをります。極潔《ごくきよ》いお方なので、精神的に傷《きずつ》いたところの無い御人物、さう云ふ方に対して我々などの心事を申上げるのは、実際恥入る次第で、言ふ事は一々曲つてゐるのですから、正《ただし》い、直《すぐ》なお耳へは入《い》らんところではない。逆ふのでございませう。で、潔い貴方と、拗《ねぢ》けた私とでは、始からお話は合はんのですから、それでお話を為る以上は、どうぞ何事もお聞流《ききながし》に願ひます」
「ああ、善く解りました」
「真人間になつてくれんかと有仰《おつしや》つて下すつたのが、私は非常に嬉《うれし》いのでございます。こんな商売は真人間の為る事ではない、と知つてゐながらかうして致してゐる私の心中、辛《つら》いのでございます。そんな思をしつつ何為《なぜ》してゐるか! 曰《いは》く言難《いひがた》しで、精神的に酷《ひど》く傷《きずつ》けられた反動と、先《ま》づ思召《おぼしめ》して下さいまし。私が酒が飲めたら自暴酒《やけざけ》でも吃《くら》つて、体《からだ》を毀《こは》して、それきりに成つたのかも知れませんけれど、酒は可《い》かず、腹を切る勇気は無し、究竟《つまり》は意気地の無いところから、こんな者に成つて了つたのであらうと考へられます」
彼の潔《きよ》しと謂ふなる直道が潔き心の同情は、彼の微見《ほのめか》したる述懐の為に稍《やや》動されぬ。
「お話を聞いて見ると、貴方が今日《こんにち》の境遇になられたに就いては、余程深い御様子が有るやう、どう云ふのですか、悉《くはし》く聞《きか》して下さいませんか」
「極|愚《ぐ》な話で、到底お聞せ申されるやうな者ではないのです。又自分もこの事は他《ひと》には語るまい、と堅く誓つてゐるのでありますから、どうも申上げられません。究竟《つまり》或事に就いて或者に欺かれたのでございます」
「はあ、それではお話はそれで措《お》きませう。で、貴方もあんな家業は真人間の為べき事ではない、と十分承知してゐらるる、父などは決して愧《は》づべき事ではない、と謂つて剛情を張り通した。実に浅ましい事だと思ふから、或時は不如《いつそ》父の前で死んで見せて、最後の意見を為るより外は無い、と決心したことも有つたのです。父は飽くまで聴かん、私も飽くまで棄てては措《お》かん精神、どんな事をしても是非改心させる覚悟で居つたところ、今度の災難で父を失つた、残念なのは、改心せずに死んでくれたのだ、これが一生の遺憾《いかん》で。一時に両親《ふたおや》に別れて、死目にも逢《あ》はず、その臨終と謂へば、気の毒とも何とも謂ひやうの無い……凡《およ》そ人の子としてこれより上の悲《かなしみ》が有らうか、察し給へ。それに就けても、改心せずに死なしたのが、愈《いよい》よ残念で、早く改心さへしてくれたらば、この災難は免《のが》れたに違無い。いや私はさう信じてゐる。然し、過ぎた事は今更為方が無いから、父の代《かはり》に是非貴方に改心して貰《もら》ひたい。今貴方が改心して下されば、私は父が改心したも同じと思つて、それで満足するのです。さうすれば、必ず父の罪も滅びる、私の念も霽《は》れる、貴方も正い道を行けば、心安く、楽く世に送られる。
成程、お話の様子では、こんな家業に身を墜《おと》されたのも、已《や》むを得ざる事情の為とは承知してをりますが、父への追善、又その遺族の路頭に迷つてゐるのを救ふのと思つて、金を貸すのは罷《や》めて下さい。父に関した財産は一切貴方へお譲り申しますからそれを資本に何ぞ人をも益するやうな商売をして下されば、この上の喜《よろこび》は有りません。父は非常に貴方を愛してをつた、貴方も父を愛して下さるでせう。愛して下さるなら、父に代つて非を悛《あらた》めて下さい」
聴ゐる貫一は露の晨《あした》の草の如く仰ぎ視《み》ず。語り訖《をは》れども猶仰ぎ視ず、如何《いか》にと問るるにも仰ぎ視ざるなりけり。
忽《たちま》ち一閃《いつせん》の光ありて焼跡を貫く道の畔《ほとり》を照しけるが、その燈《ともしび》の此方《こなた》に向ひて近《ちかづ》くは、巡査の見尤《みとが》めて寄来《よりく》るなり。両箇《ふたり》は一様に※[#「※」は「目+是」、284−11]《みむか》へて、待つとしもなく動かずゐたりければ、その前に到れる角燈の光は隈無《くまな》く彼等を曝《さら》しぬ。巡査は如何《いか》に驚きけんよ、かれもこれも各《おのおの》惨として蒼《あを》き面《おもて》に涙垂れたり――しかもここは人の泣くべき処なるか、時は正《まさ》に午前二時半。
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続 金 色 夜 叉
与紅葉山人書
学 海 居 士[#行末より2字上げ]
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紅葉山人足下。僕幼嗜読稗史小説。当時行於世者。京伝三馬一九。及曲亭柳亭春水数輩。雖有文辞之巧麗。搆思之妙絶。多是舐古人之糟粕。拾兎園之残簡。聊以加己意焉耳。独曲亭柳亭二子較之余子。学問該博。熟慣典故。所謂換骨奪胎。頗有可観者。如八犬弓張侠客伝。及田舎源氏諸国物語類是也。然在当時。読此等書者。不過閭巷少年。畧識文字。間有渉猟史伝者。識見浅薄。不足以判其巧拙良否焉。而文学之士斥為鄙猥。為害風紊俗。禁子弟不得縦読。其風習可以見矣。」年二十一二。稍読水滸西遊金瓶三国紅楼諸書。兼及我源語竹取宇津保俊蔭等書。乃知稗史小説。亦文学之一途。不必止游戯也。而所最喜。在水滸金瓶紅楼。及源語。能尽人情之隠微。世態之曲折。用筆周到。渾思巧緻。而源氏之能描性情。文雅而思深。金瓶之能写人品。筆密而心細。蓋千古無比也。近時小説大行。少好文辞者。莫不争先攘臂其間。然率不過陋巷之談。鄙夫之事。至大手筆如金瓶源氏等者。寥乎無聞何也。僕及読足下所著諸書。所謂細心邃思者。知不使古人専美於上矣。多情多恨金色夜叉類。殆与金瓶源語相似。僕反覆熟読不能置也。惜範囲狭。而事跡微。地位卑而思想偏。未足以展布足下之大才矣。盍借一大幻境。以運思馳筆。必有大可観者。僕老矣。若得足下之一大著述。快読之。是一生之願也。足下以何如。
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第 一 章
時を銭《ぜに》なりとしてこれを換算せば、一秒を一毛に見積りて、壱人前《いちにんまへ》の睡量《ねぶりだか》凡《およ》そ八時間を除きたる一日の正味十六時間は、実に金五円七拾六銭に相当す。これを三百六十五日の一年に合計すれば、金弐千壱百〇弐円四拾銭の巨額に上るにあらずや。さればここに二十七日と推薄《おしつま》りたる歳末の市中は物情|恟々《きようきよう》として、世界絶滅の期の終《つひ》に宣告せられたらんもかくやとばかりに、坐りし人は出でて歩み、歩みし人は走りて過ぎ、走りし人は足も空に、合ふさ離《き》るさの気立《けたたまし》く、肩相摩《けんあひま》しては傷《きずつ》き、轂相撃《こくあひう》ちては砕けぬべきをも覚えざるは、心々《こころごころ》に今を限《かぎり》と慌《あわ》て騒ぐ事ありて、不狂人も狂せるなり。彼等は皆過去の十一箇月を虚《あだ》に送りて、一秒の塵《ちり》の積める弐千余円の大金を何処《いづく》にか振落し、後悔の尾《しり》に立ちて今更に血眼《ちまなこ》を※[#「※」は「目+登」、286−15]《みひら》き、草を分け、瓦を揆《おこ》しても、その行方《ゆくへ》を尋ねんと為るにあらざるなし。かかる間《ひま》にも常は止《ただ》一毛に値する一秒の壱銭|乃至《ないし》拾銭にも暴騰せる貴々重々《ききちようちよう》の時は、速射砲を連発《つるべうち》にするが如く飛過《とびすぐ》るにぞ、彼等の恐慌は更に意言《こころことば》も及ばざるなる。
その平生《へいぜい》に怠無《おこたりな》かりし天は、又今日に何の変易《へんえき》もあらず、悠々《ゆうゆう》として蒼《あを》く、昭々として闊《ひろ》く、浩々《こうこう》として静に、しかも確然としてその覆《おほ》ふべきを覆ひ、終日《ひねもす》北の風を下《おろ》し、夕付《ゆふづ》く日の影を耀《かがやか》して、師走《しはす》の塵《ちり》の表《おもて》に高く澄めり。見遍《みわた》せば両行の門飾《かどかざり》は一様に枝葉の末広く寿山《じゆざん》の翠《みどり》を交《かは》し、十町《じつちよう》の軒端《のきば》に続く注連繩《しめなは》は、福海《ふくかい》の霞《かすみ》揺曳《ようえい》して、繁華を添ふる春待つ景色は、転《うた》た旧《ふ》り行く歳《とし》の魂《こん》を驚《おどろ》かす。
かの人々の弐千余円を失ひて馳違《はせちが》ふ中を、梅提げて通るは誰《た》が子、猟銃|担《かた》げ行くは誰が子、妓《ぎ》と車を同《おなじ》うするは誰が子、啣楊枝《くはへようじ》して好き衣《きぬ》着たるは誰が子、或《あるひ》は二頭|立《だち》の馬車を駆《か》る者、結納《ゆひのう》の品々|担《つら》する者、雑誌など読みもて行く者、五人の子を数珠繋《ずずつなぎ》にして勧工場《かんこうば》に入《い》る者、彼等は各《おのおの》若干《そこばく》の得たるところ有りて、如此《かくのごと》く自ら足れりと為《す》るにかあらん。これ等の少《すこし》く失へる者は喜び、彼等の多く失へる輩《はい》は憂ひ、又|稀《まれ》には全く失はざりし人の楽めるも、皆内には齷齪《あくそく》として、盈《み》てるは虧《か》けじ、虧けるは盈たんと、孰《いづれ》かその求むるところに急ならざるはあらず。人の世は三《みつ》の朝《あした》より花の昼、月の夕《ゆふべ》にもその思《おもひ》の外《ほか》はあらざれど、勇怯《ゆうきよう》は死地に入《い》りて始て明《あきらか》なる年の関を、物の数とも為《せ》ざらんほどを目にも見よとや、空臑《からすね》の酔《ゑひ》を踏み、鉄鞭《てつべん》を曳《ひ》き、一巻のブックを懐《ふところ》にして、嘉平治平《かへいじひら》
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