した、さぞお困りでしたらう」
「何だか知らんが、むちやくちやに寒かつた」
宮は楽椅子を夫に勧めて、躬《みづから》は煖炉《ストオブ》の薪《たきぎ》を※[#「※」は「火+(竣−立)」、217−13]《く》べたり。今の今まで貫一が事を思窮《おもひつ》めたりし心には、夫なる唯継にかく事《つか》ふるも、なかなか道ならぬやうにて屑《いさぎよ》からず覚ゆるなり。窓の外に降る雪、風に乱るる雪、梢《こずゑ》に宿れる雪、庭に布《し》く雪、見ゆる限の白妙《しらたへ》は、我身に積める人の怨《うらみ》の丈《たけ》かとも思ふに、かくてあることの疚《やま》しさ、切なさは、脂《あぶら》を搾《しぼ》らるるやうにも忍び難かり。されども、この美人の前にこの雪を得たる夫の得意は限無くて、その脚《あし》を八文字に踏展《ふみはだ》け、漸《やうや》く煖まれる頤《おとがひ》を突反《つきそら》して、
「ああ、降る降る、面白い。かう云ふ日は寄鍋《よせなべ》で飲むんだね。寄鍋を取つて貰《もら》はう、寄鍋が好い。それから珈琲《カフヒイ》を一つ拵《こしら》へてくれ、コニャックを些《ち》と余計に入れて」
宮の行かんとするを、
「お前、行かんでも可いぢやないか、要《い》る物を取寄せてここで拵へなさい」
彼の電鈴《でんれい》を鳴して、火の傍《そば》に寄来ると斉《ひとし》く、唯継はその手を取りて小脇《こわき》に挾《はさ》みつ。宮は懌《よろこ》べる気色も無くて、彼の為すに任するのみ。
「おまへどうした、何を鬱《ふさ》いでゐるのかね」
引寄せられし宮はほとほと仆《たふ》れんとして椅子に支へられたるを、唯継は鼻も摩《す》るばかりにその顔を差覗《さしのぞ》きて余念も無く見入りつつ、
「顔の色が甚《はなは》だ悪いよ。雪で寒いんで、胸でも痛むんか、頭痛でもするんか、さうも無い? どうしたんだな。それぢや、もつと爽然《はつきり》してくれんぢや困るぢやないか。さう陰気だと情合《じようあひ》が薄いやうに想はれるよ。一体お前は夫婦の情が薄いんぢやあるまいかと疑ふよ。ええ? そんなことは無いかね」
忽《たちま》ち闥《ドア》の啓《あ》くと見れば、仲働《なかばたらき》の命ぜし物を持来《もちきた》れるなり。人目を憚《はばか》らずその妻を愛するは唯継が常なるを、見苦しと思ふ宮はその傍《そば》を退《の》かんとすれど、放たざるを例の事とて仲働は見ぬ風《ふり》しつつ、器具と壜《ボトル》とをテエブルに置きて、直《ぢき》に退《まか》り出《い》でぬ。かく執念《しゆうね》く愛せらるるを、宮はなかなか憂《う》くも浅ましくも思ふなりけり。
雪は風を添へて掻乱《かきみだ》し掻乱し降頻《ふりしき》りつつ、はや日暮れなんとするに、楽き夜の漸《やうや》く来《きた》れるが最辱《いとかたじけな》き唯継の目尻なり。
「近頃はお前別して鬱いでをるやうぢやないか、俺《おれ》にはさう見えるがね。さうして内にばかり引籠《ひつこ》んでをるのが宜《よろし》くないよ。この頃は些《ちよつ》とも出掛けんぢやないか。さう因循《いんじゆん》してをるから、益《ますま》す陰気になつて了ふのだ。この間も鳥柴《としば》の奥さんに会つたら、さう言つてゐたよ。何為《なぜ》近頃は奥さんは些《ちよつ》ともお見えなさらんのだらう。芝居ぐらゐにはお出掛になつても可ささうなものだが、全然《まるつきり》影も形もお見せなさらん。なんぼお大事になさるつて、そんなに仕舞《しまひ》込んでお置きなさるものぢやございません。慈善の為に少しは衆《ひと》にも見せてお遣《や》んなさい、なんぞと非常に遣られたぢやないか。それからね、知つてをる通り、今度の選挙には実業家として福積《ふくづみ》が当選したらう。俺も大《おほ》いに与《あづか》つて尽力したんさ。それで近日当選祝があつて、それが済次第《すみしだい》別に慰労会と云ふやうな名で、格別尽力した連中《れんじゆう》を招待するんだ。その席へは令夫人携帯といふ訳なんだから、是非お前も出なければならん。驚くよ。俺の社会では富山の細君と来たら評判なもんだ。会つたことの無い奴まで、お前の事は知つてをるんさ。そこで、俺は実は自慢でね、さう評判になつて見ると、軽々しく出行《である》かれるのも面白くない、余り顔を見せん方が見識が好《よ》いけれど、然し、近頃のやうに籠《こも》つてばかり居《を》るのは、第一衛生におまへ良くない。実は俺は日曜毎にお前を連れて出たいんさ。おまへの来た当座はさうであつたぢやないかね。子供を産んでから、さう、あれから半年《はんとし》ばかり経《た》つてからだよ。余り出なくなつたのは。それでも随分|彼地此地《あちこち》出たぢやないかね。
善し、珈琲《カフヒイ》出来たか。うう熱い、旨《うま》い。お前もお飲み、これを半分上げやうか。沢山だ? それだからお前は冷淡で可かんと謂ふんさ。ぢや、酒の入らんのを飲むと可い。寄鍋は未《まだ》か。うむ、彼方《あつち》に支度がしてあるから、来たら言ひに来る? それは善い、西洋室の寄鍋なんかは風流でない、あれは長火鉢《ながひばち》の相対《さしむかひ》に限るんさ。
可いかね、福積の招待《しようだい》には吃驚《びつくり》させるほど美《うつくし》くして出て貰はなけりやならん。それで、着物だ、何か欲ければ早速|拵《こしら》へやう。おまへが、これならば十分と思ふ服装《なり》で、隆《りゆう》として推出すんだね。さうしてお前この頃は余り服装《なり》にかまはんぢやないか、可かんよ。いつでもこの小紋の羽織の寐恍《ねぼ》けたのばかりは恐れるね。何為《なぜ》あの被風《ひふ》を着ないのかね、あれは好く似合ふにな。
明後日《あさつて》は日曜だ、何処《どこ》かへ行かうよ。その着物を見に三井へでも行かうか。いや、さうさう、柏原《かしわばら》の奥さんが、お前の写真を是非欲いと言つて、会ふ度《たび》に聒《やかまし》く催促するんで克《かな》はんよ。明日《あした》は用が有つて行かなければならんのだから、持つて行かんと拙《まづ》いて。未だ有つたね、無い? そりや可かん。一枚も無いんか、そりや可かん。それぢや、明後日《あさつて》写しに行かう。直《ずつ》と若返つて二人で写すなんぞも可いぢやないか。
善し、寄鍋が来た? さあ行かう」
夫に引添ひて宮はこの室を出でんとして、思ふところありげに姑《しばら》く窓の外面《そとも》を窺《うかが》ひたりしが、
「どうしてこんなに降るのでせう」
「何を下《くだ》らんことを言ふんだ。さあ、行かう行かう」
第 三 章
宮は既に富むと裕《ゆたか》なるとに※[#「※」は「厭/食」、221−5]《あ》きぬ。抑《そもそ》も彼がこの家に嫁《とつ》ぎしは、惑深《まどひふか》き娘気の一図に、栄耀《えいよう》栄華の欲するままなる身分を願ふを旨とするなりければ、始より夫の愛情の如きは、有るも善し、有らざるも更に善しと、殆《ほとん》ど無用の物のやうに軽《かろし》めたりき。今やその願足りて、しかも遂《つひ》に※[#「※」は「厭/食」、読みは「あ」、221−7]きたる彼は弥《いよい》よ※[#「※」は「夕/寅」、221−8]《まつは》らるる愛情の煩《わづらはし》きに堪《た》へずして、寧《むし》ろ影を追ふよりも儚《はかな》き昔の恋を思ひて、私《ひそか》に楽むの味《あぢはひ》あるを覚ゆるなり。
かくなりてより彼は自《おのづか》ら唯継の面前を厭《いと》ひて、寂く垂籠《たれこ》めては、随意に物思ふを懌《よろこ》びたりしが、図らずも田鶴見《たずみ》の邸内《やしきうち》に貫一を見しより、彼のさして昔に変らぬ一介の書生風なるを見しより、一度《ひとたび》は絶えし恋ながら、なほ冥々《めいめい》に行末望あるが如く、さるは、彼が昔のままの容《かたち》なるを、今もその独《ひとり》を守りて、時の到るを待つらんやうに思做《おもひな》さるるなりけり。
その時は果して到るべきものなるか。宮は躬《みづから》の心の底を叩《たた》きて、答を得るに沮《はば》みつつも、さすがに又|己《おのれ》にも知れざる秘密の潜める心地《ここち》して、一面には覚束《おぼつか》なくも、又一面にはとにもかくにも信ぜらるるなり。
便《すなは》ち宮の夫の愛を受くるを難堪《たへがた》く苦しと思知りたるは、彼の写真の鏡面《レンズ》の前に悶絶《もんぜつ》せし日よりにて、その恋しさに取迫《とりつ》めては、いでや、この富めるに※[#「※」は「厭/食」、読みは「あ」、222−1]き、裕《ゆたか》なるに倦《う》める家を棄つべきか、棄てよとならば遅《ためら》はじと思へるも屡々《しばしば》なりき。唯敢《ただあへ》てこれを為《せ》ざるは、窃《ひそか》に望は繋《か》けながらも、行くべき方《かた》の怨《うらみ》を解かざるを虞《おそ》るる故《ゆゑ》のみ。
素《もと》より宮は唯継を愛せざりしかど、決してこれを憎むとにはあらざりき。されど今はしも正にその念は起れるなり。自ら謂《おも》へらく、吾夫《わがをつと》こそ当時恋と富との値《あたひ》を知らざりし己を欺き、空《むなし》く輝ける富を示して、售《う》るべくもあらざりし恋を奪ひけるよ、と悔の余はかかる恨をも他《ひと》に被《き》せて、彼は己を過《あやま》りしをば、全く夫の罪と為《な》せり。
この心なる宮はこの一月十七日に会ひて、この一月十七日の雪に会ひて、いとどしく貫一が事の忍《しの》ばるるに就《つ》けて転《うた》た悪人の夫を厭ふこと甚《はなはだし》かり。無辜《むこ》の唯継はかかる今宵の楽《たのしみ》を授《さづく》るこの美き妻を拝するばかりに、有程《あるほど》の誠を捧げて、蜜《みつ》よりも甘き言《ことば》の数々を※[#「※」は「口+耳」、222−10]《ささや》きて止まざれど、宮が耳には人の声は聞えずして、雪の音のみぞいと能《よ》く響きたる。
その雪は明方になりて歇《や》みぬ。乾坤《けんこん》の白きに漂ひて華麗《はなやか》に差出でたる日影は、漲《みなぎ》るばかりに暖き光を鋪《し》きて終日《ひねもす》輝きければ、七分の雪はその日に解けて、はや翌日は往来《ゆきき》の妨碍《さまたげ》もあらず、処々《ところどころ》の泥濘《ぬかるみ》は打続く快晴の天《そら》に曝《さら》されて、刻々に乾《かわ》き行くなり。
この雪の為に外出《そとで》を封ぜられし人は、この日和《ひより》とこの道とを見て、皆|怺《こら》へかねて昨日《きのふ》より出でしも多かるべし。まして今日となりては、手置の宜《よろし》からぬ横町、不性なる裏通、屋敷町の小路などの氷れる雪の九十九折《つづらをり》、或《ある》は捏返《こねかへ》せし汁粉《しるこ》の海の、差掛りて難儀を極《きは》むるとは知らず、見渡す町通《まちとほり》の乾々干《からからほし》に固《かたま》れるに唆《そその》かされて、控へたりし人の出でざるはあらざらんやうに、往来《ゆきき》の常より頻《しきり》なる午前十一時といふ頃、屈《かが》み勝に疲れたる車夫は、泥の粉衣《ころも》掛けたる車輪を可悩《なやま》しげに転《まろば》して、黒綾《くろあや》の吾妻《あづま》コオト着て、鉄色縮緬《てついろちりめん》の頭巾《づきん》を領《えり》に巻きたる五十路《いそぢ》に近き賤《いやし》からぬ婦人を載せたるが、南の方《かた》より芝飯倉通《しばいいぐらとおり》に来かかりぬ。
唯有《とあ》る横町を西に切れて、某《なにがし》の神社の石の玉垣《たまがき》に沿ひて、だらだらと上《のぼ》る道狭く、繁《しげ》き木立に南を塞《ふさ》がれて、残れる雪の夥多《おびただし》きが泥交《どろまじり》に踏散されたるを、件《くだん》の車は曳々《えいえい》と挽上《ひきあ》げて、取着《とつき》に土塀《どべい》を由々《ゆゆ》しく構へて、門《かど》には電燈を掲げたる方《かた》にぞ入《い》りける。
こは富山唯継が住居《すまひ》にて、その女客は宮が母なり。主《あるじ》は疾《とく》に会社に出勤せし後にて、例刻に来《きた》れる髪結の今方|帰行《かへりゆ》きて、まだその跡も掃かぬ程なり。紋羽二重《もんはぶたへ》の肉色鹿子《
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