う。直《ぢき》其処《そこ》まででありますよ」
宮は小《ちひさ》き声して、
「御母《おつか》さんも一処に御出《おいで》なさいな」
「私かい、まあお前お供をおしな」
母親を伴ひては大いに風流ならず、頗《すこぶ》る妙ならずと思へば、唯継は飽くまでこれを防がんと、
「いや、御母さんには却《かへ》つて御迷惑です。道が良くないから御母さんにはとても可けますまい。実際貴方には切《た》つてお勧め申されない。御迷惑は知れてゐる。何も遠方へ行くのではないのだから、御母さんが一処でなくても可いぢやありませんか、ねえ。私折角思立つたものでありますから、それでは一寸其処までで可いから附合つて下さい。貴女が可厭《いや》だつたら直《すぐ》に帰りますよ、ねえ。それはなかなか好い景色だから、まあ私に騙《だま》されたと思つて来て御覧なさいな、ねえ」
この時|忙《せは》しげに聞えし靴音ははや止《や》みたり。人は出去《いでさ》りしにあらで、七八間|彼方《あなた》なる木蔭に足を停《とど》めて、忍びやかに様子を窺ふなるを、此方《こなた》の三人《みたり》は誰《たれ》も知らず。彳《たたず》める人は高等中学の制服の上に焦茶の外套《オバコオト》を着て、肩には古りたる象皮の学校|鞄《かばん》を掛けたり。彼は間貫一にあらずや。
再び靴音は高く響きぬ。その驟《にはか》なると近きとに驚きて、三人《みたり》は始めて音する方《かた》を見遣《みや》りつ。
花の散りかかる中を進来《すすみき》つつ学生は帽を取りて、
「姨《をば》さん、参りましたよ」
母子《おやこ》は動顛《どうてん》して殆《ほとん》ど人心地《ひとごこち》を失ひぬ。母親は物を見るべき力もあらず呆《あき》れ果てたる目をば空《むなし》く※[#「※」は「目+登」、61−3]《みは》りて、少時《しばし》は石の如く動かず、宮は、あはれ生きてあらんより忽《たちま》ち消えてこの土と成了《なりをは》らんことの、せめて心易《こころやす》さを思ひつつ、その淡白《うすじろ》き唇《くちびる》を啖裂《くひさ》かんとすばかりに咬《か》みて咬みて止《や》まざりき。
想ふに彼等の驚愕《おどろき》と恐怖《おそれ》とはその殺せし人の計らずも今生きて来《きた》れるに会へるが如きものならん。気も不覚《そぞろ》なれば母は譫語《うはごと》のやうに言出《いひいだ》せり。
「おや、お出《いで》なの」
宮
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