》みて、象牙《ぞうげ》の如く瑩潤《つややか》に白き杖《つゑ》を携へたるが、その尾《さき》をもて低き梢の花を打落し打落し、
「今お留守へ行きまして、此処《ここ》だといふのを聞いて追懸《おつか》けて来た訳です。熱いぢやないですか」
宮はやうやう面《おもて》を向けて、さて淑《しとやか》に起ちて、恭《うやうやし》く礼するを、唯継は世にも嬉しげなる目して受けながら、なほ飽くまでも倨《おご》り高《たかぶ》るを忘れざりき。その張りたる腮《あぎと》と、への字に結べる薄唇《うすくちびる》と、尤異《けやけ》き金縁《きんぶち》の目鏡《めがね》とは彼が尊大の風に尠《すくな》からざる光彩を添ふるや疑《うたがひ》無し。
「おや、さやうでございましたか、それはまあ。余り好い御天気でございますから、ぶらぶらと出掛けて見ました。真《ほん》に今日《こんにち》はお熱いくらゐでございます。まあこれへお掛遊ばして」
母は牀几を払へば、宮は路《みち》を開きて傍《かたはら》に佇《たたず》めり。
「貴方《あなた》がたもお掛けなさいましな。今朝です、東京から手紙で、急用があるから早速帰るやうに――と云ふのは、今度私が一寸した会社を建てるのです。外国へ此方《こちら》の塗物を売込む会社。これは去年中からの計画で、いよいよこの三四月頃には立派に出来上る訳でありますから、私も今は随分|忙《せはし》い体《からだ》、なにしろ社長ですからな。それで私が行かなければ解らん事があるので、呼びに来た。で、翌《あす》の朝立たなければならんのであります」
「おや、それは急な事で」
「貴方がたも一所《いつしよ》にお立ちなさらんか」
彼は宮の顔を偸視《ぬすみみ》つ。宮は物言はん気色《けしき》もなくて又母の答へぬ。
「はい、難有《ありがた》う存じます」
「それとも未《ま》だ御在《おいで》ですか。宿屋に居るのも不自由で、面白くもないぢやありませんか。来年あたりは一つ別荘でも建てませう。何の難《わけ》は無い事です。地面を広く取つてその中に風流な田舎家《ゐなかや》を造るです。食物などは東京から取寄せて、それでなくては実は保養には成らん。家が出来てから寛緩《ゆつくり》遊びに来るです」
「結構でございますね」
「お宮さんは、何ですか、かう云ふ田舎の静な所が御好なの?」
宮は笑《ゑみ》を含みて言はざるを、母は傍《かたはら》より、
「これはもう遊ぶ事
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