大抵ならず御迷惑|被遊候《あそばされさふらふ》御事《おんこと》と、山々|御察《おんさつ》し申上候へども、一向さやうに御内合《おんうちあひ》とも存ぜず、不躾《ぶしつけ》に参上いたし候段は幾重にも、御詫申上《おんわびまをしあげ》まゐらせ候。
尚《なほ》数々《かずかず》申上度《まをしあげたく》存候事《ぞんじさふらふこと》は胸一杯にて、此胸の内には申上度事《まをしあげたきこと》の外は何も無御座候《ござなくさふら》へば、書くとも書くとも尽き申間敷《まをすまじく》、殊《こと》に拙《つたな》き筆に候へば、よしなき事のみくだくだしく相成候ていくらも、大切の事をば書洩《かきもら》し候が思残《おもひのこり》に御座候。惜き惜き此筆|止《とど》めかね候へども、いつの限無く手に致し居り候事も叶《かな》ひ難《がた》く、折から四時の明近《あけちか》き油も尽き候て、手元暗く相成候ままはやはや恋《こひし》き御名を認《したた》め候て、これまでの御別《おんわかれ》と致しまゐらせ候。
唯今《ただいま》の此の気分苦く、何とも難堪《たへがた》き様子にては、明日は今日よりも病重き事と存候《ぞんじさふらふ》。明後日は猶重くも相成可申《あひなりまをすべく》、さやうには候へども、筆取る事|相叶《あひかな》ひ候間は、臨終までの胸の内御許に通じまゐらせ度《たく》存候《ぞんじさふら》へば、覚束無《おぼつかな》くも何なりとも相認《あひしたた》め可申候《まをすべくさふらふ》。
私事|空《むなし》く相成候とも、決して余《よ》の病にては無之《これなく》、御前様《おんまへさま》御事《おんこと》を思死《おもひじに》に死候《しにさふらふ》ものと、何卒《なにとぞ》々々|御愍《おんあはれ》み被下《くだされ》、其段《そのだん》はゆめゆめ詐《いつはり》にては無御座《ござなく》、みづから堅く信じ居候事に御座候。
明日《みようにち》は御前様《おんまへさま》御誕生日《ごたんじようび》に当り申候へば、わざと陰膳《かげぜん》を供へ候て、私事も共に御祝《おんいは》ひ可申上《まをしあぐべく》、嬉《うれし》きやうにも悲きやうにも存候。猶くれぐれも朝夕《ちようせき》の御自愛御大事に、幾久く御機嫌好《ごきげんよ》う明日を御迎《おんむか》へ被遊《あそばされ》、ますます御繁栄に被為居候《ゐらせられさふらふ》やう、今は世の望も、身の願も、それのみに御座候。
ま
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