ひ申候。今も彼《か》の熱海に人は参り候へども、そのやうなる楽《たのしみ》を持ち候ものは一人も有之《これある》まじく、其代《そのかはり》には又、私如《わたくしごと》き可憐《あはれ》の跡を留め候て、其の一夜《いちや》を今だに歎き居り候ものも決して御座あるまじく候。
 世をも身をも捨て居り候者にも、猶《なほ》肌身放《はだみはな》さず大事に致候宝は御座候。それは御遺置《おんのこしおき》の三枚の御写真にて何見ても楽み候はぬ目にも、是《これ》のみは絶えず眺め候て、少しは憂さを忘れ居りまゐらせ候。いつも御写真に向ひ候へば、何くれと当時の事|憶出《おもひだ》し候中に、うつつとも無く十年|前《ぜん》の心に返り候て、苦き胸も暫《しばし》は涼《すずし》く相成申候。最も所好《すき》なるは御横顔の半身のに候へども、あれのみ色褪《いろさ》め、段々薄く相成候が、何より情無く存候へども、長からぬ私の宝に致し候間は仔細も有るまじく、亡《な》き後には棺の内に歛《をさ》めもらひ候やう、母へは其《それ》を遺言に致候覚悟に御座候。
 ある女世に比無《たぐひな》き錦《にしき》を所持いたし候処《さふらふところ》、夏の熱き盛《さかり》とて、差当《さしあた》り用無く思ひ候不覚より、人の望むままに貸与へ候後は、いかに申せども返さず、其内に秋過ぎ、冬来《ふゆきた》り候て、一枚の曠着《はれぎ》さへ無き身貧に相成候ほどに、いよいよ先の錦の事を思ひに思ひ候へども、今は何処《いづこ》の人手に渡り候とも知れず、日頃それのみ苦に病み、慨《なげ》き暮し居り候折から、さる方にて計らず一人の美き女に逢ひ候処、彼《か》の錦をば華《はなや》かに着飾り、先の持主とも知らず貧き女の前にて散々《さんざん》ひけらかし候上に、恥まで与へ候を、彼女《かのをんな》は其身の過《あやまり》と諦《あきら》め候て、泣く泣く無念を忍び申候事に御座候が、其錦に深き思の繋《かか》り候ほど、これ見よがしに着たる女こそ、憎くも、悔《くやし》くも、恨《うらめし》くも、謂はうやう無き心の内と察せられ申候。
 先達而《せんだつて》は御許《おんもと》にて御親類のやうに仰せられ候御婦人に御目に掛りまゐらせ候。毎日のやうに御出《おんい》で被成候《なされさふらふ》て、御前様の御世話《おんせわ》万事|被遊候《あそばされさふらふ》御方《おんかた》の由《よし》に候へば、後にて御前様さぞさぞ御
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