縁ぢやなし、私だつてこれでも随分|謂《い》ふに謂《いは》れない苦労を為てゐるんぢやありませんか。それを貴方がさもさも迷惑さうに、何ぞの端《はし》には悪縁だ悪縁だとお言ひなさるけれど、聞《きか》される身に成つて御覧なさいな。余《あんま》り好《い》い心持は為やしません。それも不断ならともかくもですさ、この場になつてまでも、さう云ふ事を言ふのは、貴方の心が水臭いからだ――何がさうでない事が有るもんですか」
「悪縁だから悪縁だと言ふのぢやないか。何も迷惑して……」
「悪縁でも可ござんすよ!」
彼等は相背《あひそむ》きて姑《しばら》く語無《ことばな》かりしが、女は忍びやかに泣きゐたり。
「おい、お静、おい」
「貴方きつと迷惑なんでせう。貴方がそんな気ぢや、私は……実に……つまらない。私はどうせう。情無い!」
お静は竟《つひ》に顔を掩《おほ》うて泣きぬ。
「何だな、お前も考へて見るが可いぢやないか。それを迷惑とも何とも思はないからこそ、世間を狭くするやうな間《なか》にも成りさ、又かう云ふ……なあ……訳なのぢやないか。それを嘘《うそ》にも水臭いなんて言《いは》れりや、俺だつて悔《くやし》いだらうぢやないか。余り悔くて俺は涙が出た。お静、俺は何も芸人ぢやなし、お前に勤めてゐるんぢやないのだから、さう思つてゐてくれ」
「狭山《さやま》さん、貴方もそんなに言はなくたつて可いぢやありませんか」
「お前が言出すからよ」
「だつて貴方がかう云ふ場になつて迷惑さうな事を言ふから、私は情無くなつて、どうしたら可からうと思つたんでさね。ぢや私が悪かつたんだから謝《あやま》ります。ねえ、狭山さん、些《ちよい》と」
お静の顔を打矚《うちまも》りつつ、男は茫然《ぼうぜん》たるのみなり。
「狭山さんてば、貴方何を考へてゐるのね」
「知れた事さ、彼我《ふたり》の身の上をよ」
「何だつてそんな事を考へてゐるの」
「…………」
「今更何も考へる事は有りはしないわ」
狭山は徐々《おもむろ》に目を転《うつ》して、太息《といき》を※[#「※」は「口+句」、423−16]《つ》いたり。
「もうそんな溜息《ためいき》なんぞを※[#「※」は「口+句」]くのはお舎《よ》しなさいつてば」
「お前二十……二だつたね」
「それがどうしたの、貴方が二十八さ」
「あの時はお前が十九の夏だつけかな」
「ああ、さう、何でも袷《あは
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