んな》の駈着《かけつく》るなり。
「些《ちよい》と旦那、参りましたよ、参りましたよ! 早くいらしつて御覧なさいまし。些と早く」
「何が来たのだ」
「何でも可いんですから、早くいらつしやいましよ」
「何だ、何だよ」
「早く階子《はしご》の所へいらしつて御覧なさい」
「おお、あの客が還つたのか」
 彼ははや飛ぶが如くに引返して、貫一の言《ことば》は五間も後に残されたり。彼が注進の模様は、見るべき待人を伴ひ帰れるならんをと、直《す》ぐに起ちて表階子《おもてはしご》の辺《あたり》に行く時、既に晩《おそ》し両箇《ふたり》の人影は欄《てすり》の上に顕《あらは》れたり。
 鍔広《つばひろ》なる藍鼠《あゐねずみ》の中折帽《なかをれぼう》を前斜《まへのめり》に冠《かむ》れる男は、例の面《おもて》を見せざらんと為れど、かの客なり。引連れたる女は、二十歳《はたち》を二つ三つも越したる可《べ》し。銀杏返《いてふがへし》を引約《ひつつ》めて、本甲蒔絵《ほんこうまきゑ》の挿櫛《さしぐし》根深《ねぶか》に、大粒の淡色瑪瑙《うすいろめのう》に金脚《きんあし》の後簪《うしろざし》、堆朱彫《ついしゆぼり》の玉根掛《たまねがけ》をして、鬢《びん》の一髪《いつぱつ》をも乱さず、極《きは》めて快く結ひ做《な》したり。葡萄茶《えびちや》の細格子《ほそごうし》の縞御召《しまおめし》に勝色裏《かついろうら》の袷《あはせ》を着て、羽織は小紋縮緬《こもんちりめん》の一紋《ひとつもん》、阿蘭陀《オランダ》模様の七糸《しつちん》の袱紗帯《ふくさおび》に金鎖子《きんぐさり》の繊《ほそ》きを引入れて、嬌《なまめかし》き友禅染の襦袢《じゆばん》の袖《そで》して口元を拭《ぬぐ》ひつつ、四季袋《しきぶくろ》を紐短《ひもみじ》かに挈《さ》げたるが、弗《ふ》と此方《こなた》を見向ける素顔の色|蒼《あを》く、口の紅《べに》も点《さ》さで、やや裏寂《うらさびし》くも花の咲過ぎたらんやうの蕭衰《やつれ》を帯びたれど、美目の盻《へん》たる色香《いろか》尚濃《なほこまやか》にして、漫《そぞ》ろ人に染むばかりなり。
 両箇《ふたり》は彼の見る目の顕露《あらは》なるに気怯《きおくれ》せる様子にて、先を争ふ如く足早に過行きぬ。貫一もまたその逢着《ほうちやく》の唐突なるに打惑ひて、なかなか精《くはし》く看るべき遑《いとま》あらざりけれど、その女は万々彼
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