一人と、ぢや附けさせて戴《いただ》きませう」
「面白い事を言ふなあ、おまへは」
「やつぱり少し抜けてゐる所為《せゐ》で御座います」
 彼は食事を了《をは》りて湯浴《ゆあみ》し、少焉《しばらく》ありて九時を聞きけれど、かの客は未《いま》だ帰らず。寝床に入《い》りて、程無く十時の鳴りけるにも、水声|空《むなし》く楼を繞《めぐ》りて、松の嵐の枕上《ちんじよう》に落つる有るのみなり。
 始よりその人を怪まざらんにはこの咎《とが》むるに足らぬ瑣細《ささい》の事も、大いなる糢糊《もこ》の影を作《な》して、いよいよ彼が疑《うたがひ》の眼《まなこ》を遮《さへぎ》り来《きた》らんとするなりけり。貫一はほとほと疑ひ得らるる限疑ひて、躬《みづから》も其の妄《ぼう》に過《すぐ》るの太甚《はなはだし》きを驚けるまでに至りて、始て罷《や》めんと為たり。
 これに亜《つ》いで、彼は抑《そもそ》も何の故《ゆゑ》有りて、肥瘠《ひせき》も関せざるかの客に対して、かくばかり軽々しく思を費し、又|念《おもひ》を懸《かく》るの固執なるや、その謂無《いはれな》き己《おのれ》をば、敢て自ら解かんと試みつ。
 されども、人は往々にして自ら率《ひきゐ》るその己を識る能はず。貫一は抑へて怪まざらんと為《せ》ば、理に於て怪まずしてあるべきを信ずるものから、又幻視せるが如きその大いなる影の冥想《めいそう》の間に纏綿《てんめん》して、或《あるひ》は理外に在る者有る無からんや、と疑はざらんと為る傍《かたはら》より却《かへ》りて惑《まどは》しむるなり。
 表階子《おもてばしご》の口に懸《かか》れる大時計は、病み憊《つか》れたるやうの鈍き響を作《な》して、廊下の闇《やみ》に彷徨《さまよ》ふを、数ふれば正《まさ》に十一時なり。
 かの客はこの深更《しんこう》に及べども未《いま》だ帰り来《こ》ず。
 彼は帰り来らざるなるか、帰り得ざるなるか、帰らざるなるかなど、又|思放《おもひはな》つ能はずして、貫一は寝苦《ねぐるし》き枕を頻回《あまたたび》易《か》へたり。今や十二時にも成りなんにと心に懸けながら、その音は聞くに及ばずして遂《つひ》に眠《ねむり》を催せり。日高《ひだか》き朝景色の前に起出づれば、座敷の外を小婢《こをんな》は雑巾掛《ぞうきんがけ》してゐたり。
「お早う御座りやす」
「睡《ねむ》さうな顔をしてゐるな」
「はい、昨夜《よん
前へ 次へ
全354ページ中305ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング