に奇痒《こそばゆ》く、貫一は又出でて、塩釜の西南十町ばかりの山中なる塩の湯と云ふに遊びぬ。還《かへ》れば寂《さびし》く夕暮るる頃なり。例の如く湯に入《い》りて、上《あが》れば直《ぢき》に膳《ぜん》を持出《もちい》で、燈《あかし》も漸く耀《かがや》きしに、かの客、未《いま》だ帰り来《こ》ず、
「閑寂《しづか》なのも可いけれど、外に客と云ふ者が無くて、全《まる》でかう独法師《ひとりぼつち》も随分心細いね」
 託言《かごと》がましく貫一は言出づれば、
「さやうでゐらつしやいませう、何と申したつてこの山奥で御座いますから。全体旦那がお一人でゐらつしやると云ふお心懸《こころがけ》が悪いので御座いますもの、それは為方が御座いません」
 婢はわざとらしう高笑《たかわらひ》しつ。
「成程、これは恐入つた。今度から善く心得て置く事だ」
「今度なんて仰有《おつしや》らずに、旦那も明日《あした》あたり電信でお呼寄《よびよせ》になつたら如何《いかが》で御座います」
「五十四になる老婢《ばあや》を呼んだつて、お前、始らんぢやないか」
「まあ、旦那はあんな好い事を言つてゐらつしやる。その老婢さんの方でないのをお呼びなさいましよ」
「気の毒だが、内にはそれつきりより居ないのだ」
「ですから、旦那、づつと外《ほか》にお在んなさるので御座いませう」
「そりや外には幾多《いくら》でも在るとも」
「あら、御馳走で御座いますね」
「なあに、能く聴いて見ると、それが皆《みんな》人の物ださうだ」
「何ですよ、旦那。貴方、本当の事を有仰《おつしや》るもんですよ」
「本当にも嘘《うそ》にもその通だ。私《わたし》なんぞはそんな意気な者が有れば、何為《なにし》にこんな青臭い山の中へ遊びに来るものか」
「おや! どうせ青臭い山の中で御座います」
「青臭いどころか、お前、天狗巌《てんぐいわ》だ、七不思議だと云ふ者が有る、可恐《おそろし》い山の中に違無いぢやないか。そこへ彷徨《のそのそ》、閑《ひま》さうな貌《かほ》をして唯一箇《たつたひとり》で遣《や》つて来るなんぞは、能々《よくよく》の間抜《まぬけ》と思はなけりやならんよ」
「それぢや旦那は間抜なのぢや御座いませんか。そんな解らない事が有るものですか」
「間抜にも大間抜よ。宿帳を御覧、東京|間抜《まぬけ》一人《いちにん》と附けて在る」
「その傍《そば》に小く、下女塩原間抜
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