》が強くて、頭痛がして成らんから」
「さやうで御座いますか。唯今|直《ぢき》に片付けますです。これは唯《たつた》一つ早咲《はやざき》で、珍《めづらし》う御座いましたもんですから、先程折つてまゐつて、徒《いたづら》に挿して置いたんで御座います」
「うう、成程、早咲だね」
「さやうで御座います。来月あたりに成りませんと、余り咲きませんので、これが唯《たつた》一つ有りましたんで、紛《まぐ》れ咲《ざき》なので御座いますね」
「うう紛れ咲、さうだね」
「御案内致しませう」
 風呂場に入《い》れば、一箇《ひとり》の客|先《まづ》在りて、未《ま》だ燈点《ひとも》さぬ微黯《うすくらがり》の湯槽《ゆぶね》に漬《ひた》りけるが、何様人の来《きた》るに駭《おどろ》けると覚《おぼし》く、甚《はなは》だ忙《せは》しげに身を起しつ。貫一が入れば、直《ぢき》に上ると斉《ひとし》く洗塲《ながし》の片隅《かたすみ》に寄りて、色白き背《そびら》を此方《こなた》に向けたり。
 年紀《としのころ》は二十七八なるべきか。やや孱弱《かよわ》なる短躯《こづくり》の男なり。頻《しきり》に左視右胆《とみかうみ》すれども、明々地《あからさま》ならぬ面貌《おもて》は定《さだ》かに認め難かり。されども、自《おのづか》ら見識越《みしりごし》ならぬは明《あきらか》なるに、何が故《ゆゑ》に人目を避《さく》るが如き態《かたち》を作《な》すならん。華車《きやしや》なる形成《かたちづくり》は、ここ等辺《らあたり》の人にあらず、何人《なにびと》にして、何が故になど、貫一は徒《いたづら》に心牽《こころひか》れてゐたり。
 やがて彼が出づれば、待ちけるやうに男は入替りて、なほ飽くまで此方《こなた》を向かざらんと為つつ、蕭索《しめやか》に浴《ゆ》を行《つか》ふ音を立つるのみ。
 その膚《はだ》の色の男に似気無《にげな》く白きも、その骨纖《ほねほそ》に肉の痩《や》せたるも、又はその挙動《ふるまひ》の打湿《うちしめ》りたるも、その人を懼《おそ》るる気色《けしき》なるも、総《すべ》て自《おのづか》ら尋常《ただ》ならざるは、察するに精神病者の類《たぐひ》なるべし。さては何の怪むところ有らん。節は初夏の未《ま》だ寒き、この寥々《りようりよう》たる山中に来《きた》り宿《とま》れる客なれば、保養鬱散の為ならずして、湯治の目的なるを思ふべし。誠にさなり、彼
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