が濃《こまやか》でないのは事実だ、冷淡なのは事実だ。だから、冷淡であるから情が濃でないのか。自分に対する愛情がその冷淡を打壊《うちこは》すほどに熱しないのか。或《あるひ》は熱し能《あた》はざるのが冷淡の人の愛情であるのか。これが、研究すべき問題だ」
 彼は意《こころ》に満たぬ事ある毎に、必ずこの問題を研究せざるなけれども、未だ曾《かつ》て解釈し得ざるなりけり。今日はや如何《いか》に解釈せんとすらん。

     (六) の 二

 翌日果して熱海より便《たより》はありけれど、僅《わづか》に一枚の端書《はがき》をもて途中の無事と宿とを通知せるに過ぎざりき。宛名は隆三と貫一とを並べて、宮の手蹟《しゆせき》なり。貫一は読了《よみをは》ると斉《ひと》しく片々《きれきれ》に引裂きて捨ててけり。宮の在らば如何《いか》にとも言解くなるべし。彼の親《したし》く言解《いひと》かば、如何に打腹立《うちはらだ》ちたりとも貫一の心の釈《と》けざることはあらじ。宮の前には常に彼は慍《いかり》をも、恨をも、憂《うれひ》をも忘るるなり。今は可懐《なつかし》き顔を見る能はざる失望に加ふるに、この不平に遭《あ》ひて、しかも言解く者のあらざれば、彼の慍《いかり》は野火の飽くこと知らで燎《や》くやうなり。
 この夕《ゆふべ》隆三は彼に食後の茶を薦《すす》めぬ。一人|佗《わび》しければ留《とど》めて物語《ものがたら》はんとてなるべし。されども貫一の屈托顔《くつたくがほ》して絶えず思の非《あら》ぬ方《かた》に馳《は》する気色《けしき》なるを、
「お前どうぞ為《し》なすつたか。うむ、元気が無いの」
「はあ、少し胸が痛みますので」
「それは好くない。劇《ひど》く痛みでもするかな」
「いえ、なに、もう宜《よろし》いのでございます」
「それぢや茶は可《い》くまい」
「頂戴《ちようだい》します」
 かかる浅ましき慍《いかり》を人に移さんは、甚《はなは》だ謂無《いはれな》き事なり、と自ら制して、書斎に帰りて憖《なまじ》ひ心を傷めんより、人に対して姑《しばら》く憂《うさ》を忘るるに如《し》かじと思ひければ、彼は努めて寛《くつろ》がんとしたれども、動《やや》もすれば心は空《そら》になりて、主《あるじ》の語《ことば》を聞逸《ききそら》さむとす。
 今日|文《ふみ》の来て細々《こまごま》と優き事など書聯《かきつら》ねたらば、如
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