から」
「まあ、さやうで。余程何でございますか、御遠方で?」
「はい……広島の方に居りまして御座います」
「はあ、さやうで。唯今は何方《どちら》に」
「池端《いけのはた》に居ります」
「へえ、池端、お宜《よろし》い処で御座いますね。然し、夙《かね》て間様のお話では、御自分は身寄も何も無いから、どうぞ親戚同様に末の末まで交際したいと有仰《おつしや》るもので御座いますから、全くさうとばかり私《わたくし》信じてをりましたので御座いますよ。それに唯今かうして伺ひますれば、御立派な御親戚がお有り遊ばすのに、どう云ふお意《つもり》であんな事を有仰つたので御座いませう。何も親戚のお有りあそばす事をお隠しになるには当らんぢや御座いませんか。あの方は時々さう云ふ水臭い事を一体|作《なさ》るので御座いますよ」
疑《うたがひ》の雲は始て宮が胸に懸《かか》りぬ。父が甞《かつ》て病院にて見し女の必ず訳有るべしと指《さ》せしはこれならん。さては客来《きやくらい》と言ひしも詐《いつはり》にて、或《あるひ》は内縁の妻と定れる身の、吾を咎《とが》めて邪魔立せんとか、但《ただし》は彼人《かのひと》のこれ見よとてここに引出《ひきいだ》せしかと、今更に差《たが》はざりし父が言《ことば》を思ひて、宮は仇《あだ》の為に病めるを笞《むちう》たるるやうにも覚ゆるなり。いよいよ長く居るべきにあらぬ今日のこの場はこれまでと潔く座を起たんとしたりけれど、何処《いづく》にか潜めゐる彼人《かのひと》の吾が還るを待ちて忽《たちま》ち出で来て、この者と手を把《と》り、面《おもて》を並べて、可哀《あはれ》なる吾をば笑ひ罵《ののし》りもやせんと想へば、得堪《えた》へず口惜《くちをし》くて、如何《いか》にせば可《よ》きと心苦《こころくるし》く遅《ためら》ひゐたり。
「お久しぶりで折角お出《いで》のところを、生憎《あいにく》と余義無い用向の使が見えましたもので、お出掛になつたので御座いますが、些《ちよつ》と遠方でございますから、お帰来《かへり》の程は夜にお成りで御座いませう、近日どうぞ又|御寛《ごゆつく》りとお出《い》で遊ばしまして」
「大相|長座《ちようざ》を致しまして、貴方の御用のお有り遊ばしたところを、心無いお邪魔を致しまして、相済みませんで御座いました」
「いいえ、もう、私共は始終上つてをるので御座いますから、些《ちよつ》と
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