」
狂女は苦々しげに頭《かしら》を掉《ふ》りて、
「お前さんの云ふことは皆|妄《うそ》だ。その手で雅之を瞞《だま》したのだらう。それ、それ見なさい、親孝行の、正直者の雅之を瞞着《だまくらか》して、散々金を取つた上に懲役に遣つたに相違無いと云ふ一札《いつさつ》をこの通り入れたぢやないか、これでも未《ま》だ※[#「※」は「森」のように「白」が3つ、266−2]《しらじら》しい顔をしてゐるのか」
打披《うちひろ》げたりし油紙を取りて直行の目先へ突付くれば、何を包みし移香《うつりが》にや、胸悪き一種の腥気《せいき》ありて夥《おびただし》く鼻を撲《う》ちぬ。直行は猶《なほ》も逆はで已《や》む無く面《おもて》を背《そむ》けたるを、狂女は目を※[#「※」は「目+登」、266−4]《みは》りつつ雀躍《こをどり》して、
「おおおお、あれあれ! これは嬉《うれし》い、自然とお前さんの首が段々細くなつて来る。ああ、それそれ、今にもう落ちる」
地には落さじとやうに慌《あわ》て※[#「※」は「りっしんべん+草」、266−8]《ふため》き、油紙もて承けんと為《せ》る、その利腕《ききうで》をやにはに捉《とら》へて直行は格子《こうし》の外へ※[#「※」は「てへん+雙」、266−9]《おしだ》さんと為たり。彼は推《おさ》れながら格子に縋《すが》りて差理無理《しやりむり》争ひ、
「ええ、おのれは他《ひと》をこの崖《がけ》から突落す気だな。この老婦《としより》を騙討《だましうち》に為るのだな」
喚《わめ》きつつ身を捻返《ねぢかへ》して、突掛けし力の怪き強さに、直行は踏辷《ふみすべ》らして尻居に倒るれば、彼は囃《はや》し立てて笑ふなり。忽《たちま》ち起上りし直行は彼の衿上《えりがみ》を掻掴《かいつか》みて、力まかせに外方《とのかた》へ突遣《つきや》り、手早く雨戸を引かんとせしに、軋《きし》みて動かざる間《ひま》に又|駈戻《かけもど》りて、狂女はその凄《すさまし》き顔を戸口に顕《あら》はせり。余りの可恐《おそろ》しさに直行は吾を忘れてその顔をはたと撲《う》ち、痿《ひる》むところを得たりと鎖《とざ》せば、外より割るるばかりに戸を叩きて、
「さあ、首を渡せ。大事な証文も取上げて了つたな、大事な靴も取つたな。靴盗坊《くつどろぼう》、大騙《おほかたり》! 首を寄来《よこ》せ」
直行は佇《たたず》みて様子を
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