を為《せ》んのだから、お前さんは縁を切つた気であらうが、私の方では未だ縁は切らんのだ。
私は考へる、たとへばこの鴫沢の翁《をぢ》の為た事が不都合であらうか知れん、けれども間貫一たる者は唯一度の不都合ぐらゐは如何《いか》にも我慢をしてくれんければ成るまいかと思ふのだ。又その我慢が成らんならば、も少し妥当《おだやか》に事を為てもらひたかつた。私の方に言分のあると謂ふのは其処《そこ》だ。言はせればその通り私にも言分はある。然し、そんな事を言ひに来たではない、私の方にも如何様《いかさま》手落があつたで、その詫《わび》も言はうし、又昔も今も此方《こちら》には心持に異変《かはり》は無いのだから、それが第一に知らせたい。翁が久しぶりで来たのだ、のう、貫一さん、今日《こんにち》は何も言はずに清う会うてくれ」
曾《かつ》て聞かざりし恋人が身の上の秘密よ、と満枝は奇《あやし》き興を覚えて耳を傾けぬ。
我強《がづよ》くも貫一のなほ言《ものい》はんとはせざるに、漸《やうや》く怺《こら》へかねたる鴫沢の翁はやにはに椅子を起ちて、強《し》ひてもその顔見んと歩み寄れり。事の由は知るべきやう無けれど、この客の言《ことば》を尽せるにも理《ことわり》聞えて、無下《むげ》に打《うち》も棄てられず、されども貫一が唯涙を流して一語を出《いだ》さず、いと善く識るらん人をば覚無しと言へる、これにもなかなか所謂《いはれ》はあらんと推測《おしはから》るれば、一も二も無く満枝は恋人に与《くみ》してこの場の急を拯《すく》はんと思へるなり。
枕頭《まくらもと》を窺《うかが》ひつつ危む如く眉を攅《あつ》めて、鴫沢の未《いま》だ言出でざる時、
「私《わたくし》看病に参つてをります者でございますが、何方様《どなたさま》でゐらつしやいますか存じませんが、この一両日《いちりようにち》病人は熱の気味で始終|昏々《うとうと》いたして、時々|譫語《うはごと》のやうな事を申して、泣いたり、慍《おこ》つたり致すのでございますが、……」
頭を捻向《ねぢむ》けて満枝に対せる鴫沢の顔の色は、この時|故《ことさら》に解きたりと見えぬ。
「はあ、は、さやうですかな」
「先程から伺ひますれば、年来御懇意でゐらつしやるのを人違だとか申して、大相失礼を致してをるやうでございますが、やつぱり熱の加減で前後が解りませんのでございますから、どうぞお気に
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