か。とにかく鴫沢の翁《をぢ》に対してかう為たものではなからうと思ふがどうであらうの。成程お前さんの方にも言分はあらう、それも聞きに来た。私の方にも少《すこし》く言分の無いではない。それも聞かせたい。然し、かうしてわざわざ尋ねて来たものであるから、此方《こちら》では既に折れて出てゐるのだ。さうしてお前さんに会うて話と謂ふは、決《けつ》して身勝手な事を言ひに来たぢやない、やはり其方《そちら》の身の上に就いて善かれと計ひたい老婆心切《ろうばしんせつ》。私の方ではその当時に在つてもお前さんを棄てた覚は無し、又|今日《こんにち》も五年前も同じ考量《かんがへ》で居るのだ。それを、まあ、若い人の血気と謂ふのであらう。唯一図に思ひ込んで誤解されたのか、私は如何にも残念でならん。今日《こんにち》までも誤解されてゐるのは愈《いよい》よ心外だで、お前さんの住所の知れ次第早速出掛けて来たのだ。凡《およ》そ此方《こちら》の了簡《りようけん》を誤解されてゐるほど心苦い事は無い。人の為に謀《はか》つて、さうして僅《わづか》の行違《ゆきちがひ》から恨まれる、恩に被《き》せうとて謀つたではないが、恨まれやうとは誰《たれ》にしても思はん。で、ああして睦《むつまし》う一家族で居つて、私たちも死水を取つて貰ふ意《つもり》であつたものを、僅の行違から音信不通《いんしんふつう》の間《なか》になつて了ふと謂ふは、何ともはや浅ましい次第で、私《わし》も誠に寐覚《ねざめ》が悪からうと謂ふもの、実に姨《をば》とも言暮してゐるのだ。私の方では何処《どこ》までも旧通《もとどほ》りになつて貰うて、早く隠居でもしたいのだ。それも然しお前さんの了簡が釈《と》けんでは話が出来ん。その話は二の次としても、差当り誤解されてゐる一条だ。会うて篤と話をしたら直《ぢき》に訳は分らうと思ふで、是非一通りは聞いて貰ひたい。その上でも心が釈けん事なら、どうもそれまで。私はお前さんの親御の墓へ詣《まゐ》つて、のう、抑《そもそ》もお前さんを引取つてから今日《こんにち》までの来歴を在様陳《ありようの》べて、鴫沢はこれこれの事を為、かうかう思ひまする、けれども成行でかう云ふ始末になりましたのは、残念ながら致方がウい、と丁《ちやん》とお分疏《ことわり》を言うて、そして私は私の一分《いちぶん》を立ててから立派に縁を切りたいのだ。のう。はや五年も便《たより》
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