礼を申しまするじや、で、な、お礼はお礼、今の御忠告は御忠告じや、悪う取つて下さつては困る。貴方がそんなに念《おも》うて、毎々お訪ね下さると思や、私も実に嬉いで、折角の御好意をな、どうか卻《しりぞく》るやうな、失敬なことは決して言ひたうはないんじや、言ふのはお為を念ふからで、これもやつぱり年寄役なんぢやから、捨てて措《お》けんで。年寄と云ふ者は、これでとかく嫌《きら》はるるじや。貴方もやつぱり年寄はお嫌ひぢやらう。ああ、どうですか、ああ」
 赤髭《あかひげ》を拈《ひね》り拈りて、直行は女の気色《けしき》を偸視《ぬすみみ》つ。
「さやうでございます。お年寄は勿論《もちろん》結構でございますけれど、どう致しても若いものは若い同士の方が気が合ひまして宜いやうでございますね」
「すぢやて、お宅の赤樫さんも年寄でせうが」
「それでございますから、もうもう口喧《くちやかまし》くてなりませんのです」
「ぢや、口喧うも、気難《きむづかし》うもなうたら、どうありますか」
「それでも私好きませんでございますね」
「それでも好かん? 太《えら》う嫌うたもんですな」
「尤《もつと》も年寄だから嫌ふ、若いから一概に好くと申す訳には参りませんでございます。いくら此方《こつち》から好きましても、他《さき》で嫌はれましては、何の効《かひ》もございませんわ」
「さやう、な。けど、貴方《あんた》のやうな方が此方《こつち》から好いたと言うたら、どんな者でも可厭《いや》言ふ者は、そりや無い」
「あんな事を有仰《おつしや》つて! 如何《いかが》でございますか、私そんな覚はございませんから、一向存じませんでございます」
「さやうかな。はッはッ。さやうかな。はッはッはッ」
 椅子も傾くばかりに身を反《そら》して、彼はわざとらしく揺上《ゆりあ》げ揺上げて笑ひたりしが、
「間、どうぢやらう。赤樫さんはああ言うてをらるるが、さうかの」
「如何《いかが》ですか、さう云ふ事は」
 誰《たれ》か烏《からす》の雌雄《しゆう》を知らんとやうに、貫一は冷然として嘯《うそぶ》けり。
「お前も知らんかな、はッはッはッはッ」
「私が自分にさへ存じませんものを、間さんが御承知有らう筈《はず》はございませんわ。ほほほほほほほほ」
 そのわざとらしさは彼にも遜《ゆづ》らじとばかり、満枝は笑ひ囃《はや》せり。
 直行が眼《まなこ》は誰を見るとし
前へ 次へ
全354ページ中175ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング