ん》たるのみ。
「ああ、さうですか、間が遣《や》られたのですか」
「ああ、間が可哀《かあい》さうにねえ、取んだ災難で、大怪我をしたのだよ」
「どんなです、新聞には余程|劇《ひど》いやうに出てゐましたが」
「新聞に在る通だけれど、不具《かたは》になるやうな事も無いさうだが、全然《すつかり》快《よ》くなるには三月《みつき》ぐらゐはどんな事をしても要《かか》るといふ話だよ。誠に気の毒な、それで、阿父《おとつ》さんも大抵な心配ぢやないの。まあ、ね、病院も上等へ入れて手宛《てあて》は十分にしてあるのだから、決して気遣《きづかひ》は無いやうなものだけれど、何しろ大怪我だからね。左の肩の骨が少し摧《くだ》けたとかで、手が緩縦《ぶらぶら》になつて了《しま》つたの、その外紫色の痣《あざ》だの、蚯蚓腫《めめずばれ》だの、打切《ぶつき》れたり、擦毀《すりこは》したやうな負傷《きず》は、お前、体一面なのさ。それに気絶するほど頭部《あたま》を撲《ぶた》れたのだから、脳病でも出なければ可いつて、お医者様もさう言つてお在《いで》ださうだけれど、今のところではそんな塩梅《あんばい》も無いさうだよ。何しろその晩内へ舁込《かつぎこ》んだ時は半死半生で、些《ほん》の虫の息が通つてゐるばかり、私《わたし》は一目見ると、これはとても助るまいと想つたけれど、割合に人間といふものは丈夫なものだね」
「それは災難な、気の毒な事をしましたな。まあ十分に手宛をして遣るが可いです。さうして阿父さんは何と言つてゐました」
「何ととは?」
「間が闇打《やみうち》にされた事を」
「いづれ敵手《あひて》は貸金《かしきん》の事から遺趣を持つて、その悔し紛《まぎれ》に無法な真似《まね》をしたのだらうつて、大相腹を立ててお在《いで》なのだよ。全くね、間はああ云ふ不断の大人《おとなし》い人だから、つまらない喧嘩《けんか》なぞを為る気遣《きづかひ》はなし、何でもそれに違は無いのさ。それだから猶更《なほさら》気の毒で、何とも謂《い》ひやうが無い」
「間は若いから、それでも助るのです、阿父《おとつ》さんであつたら命は有りませんよ、阿母《おつか》さん」
「まあ可厭《いや》なことをお言ひでないな!」
浸々《しみじみ》思入りたりし直道は徐《しづか》にその恨《うらめし》き目を挙げて、
「阿母さん、阿父さんは未《ま》だこの家業をお廃《や》めなさる様
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