》ひて、
「大変失礼を致しました。些《ちよつ》と私《わたくし》も其処《そこ》まで買物に出ますので、実は御一緒に願はうと存じまして」
無礼なりとは思ひけれど、口説れし誼《よしみ》に貫一は今更腹も立て難くて、
「ああさうですか」
満枝はつと寄りて声を低くし、
「御迷惑でゐらつしやいませうけれど」
聴き飽きたりと謂《い》はんやうに彼は取合はで、
「それぢや参りませう。貴方《あなた》は何方《どちら》までお出《いで》なのですか」
「私《わたくし》は大横町《おおよこちよう》まで」
二人は打連れて四谷左門町《よつやさもんちよう》なる赤樫の家を出《い》でぬ。伝馬町通《てんまちようどおり》は両側の店に燈《ともし》を列《つら》ねて、未《ま》だ宵なる景気なれど、秋としも覚えず夜寒の甚《はなはだし》ければ、往来《ゆきき》も稀《まれ》に、空は星あれどいと暗し。
「何といふお寒いのでございませう」
「さやう」
「貴方、間さん、貴方そんなに離れてお歩き遊ばさなくても宜《よろし》いぢやございませんか。それではお話が達《とど》きませんわ」
彼は町の左側をこたびは貫一に擦寄《すりよ》りて歩めり。
「これぢや私《わたくし》が歩き難《にく》いです」
「貴方お寒うございませう。私お鞄《かばん》を持ちませう」
「いいや、どういたして」
「貴方《あなた》恐入りますが、もう少し御緩《ごゆつく》りお歩きなすつて下さいましな、私|呼吸《いき》が切れて……」
已《や》む無く彼は加減して歩めり。満枝は着重《きおも》るシォウルを揺上《ゆりあ》げて、
「疾《とう》から是非お話致したいと思ふ事があるのでございますけれど、その後|些《ちよつ》ともお目に掛らないものですから。間さん、貴方、本当に偶《たま》にはお遊びにいらしつて下さいましな。私もう決して先達而《せんだつて》のやうな事は再び申上げませんから。些《ち》といらしつて下さいましな」
「は、難有《ありがた》う」
「お手紙を上げましても宜うございますか」
「何の手紙ですか」
「御機嫌伺《ごきげんうかがひ》の」
「貴方から機嫌を伺はれる訳が無いぢやありませんか」
「では、恋《こひし》い時に」
「貴方が何も私を……」
「恋いのは私の勝手でございますよ」
「然し、手紙は人にでも見られると面倒ですから、お辞《ことわり》をします」
「でも近日に私お話を致したい事があるのでござ
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